小児の中耳炎
Otitis Media in Young Children
[n engl j med 392;14 nejm.org April 10, 2025]
雑誌NEJMより、症例形式の小児中耳炎の総説(vignette)が載っていますのでブログします。
1)症例は生後9か月の女児です。
健康でしたが、4日前より上気道感染症を罹患しています。
両親によると、1日前よりぐずり泣きと寝つきが悪くなっています。
診察では発熱はなく、ぐずっていました。右の鼓膜は耳垢で良く見えませんが、不透明です。
2)急性中耳炎は2歳以下の小児では最も多い感染症の一つですが、2歳までにだいたい41%が
一回は罹患します。
肺炎球菌ワクチンが普及し、その発生頻度は減少傾向です。
しかしリスクとして、他児童との共同生活、母乳期間の短縮、家族の喫煙が挙げられて
います。
前駆症状としては、ウイルス性の呼吸器感染症があります。
上気道感染症の1/3が急性中耳炎に繋がったとの報告もあります。
上気道感染症から、およそ4日で急性中耳炎を併発します。
ウイルス感染により上気道(鼻咽頭・耳管)粘膜が炎症を起こし耳管機能が障害されて、
中耳の排液が阻害され、鼻咽頭内の病原体が中耳に逆流するためです。
膨隆した鼓膜を有する患児の中耳貯留液からは、約80%の症例で細菌(肺炎球菌、インフル
エンザ菌、モラクセラ・カタラーリス)が分離されています。
鼓膜が膨隆している場合にウイルス性だけが原因なのは、たったの6〜7%で、80%以上は
細菌感染が認められます。
細菌感染の原因菌は、過去20年間で大いに変化しています。
乳児に対する肺炎球菌ワクチンの導入前(2000年以前、7価ワクチン)と、2010年以降の
13価ワクチン導入後のデータを比較すると、肺炎球菌の検出率は15〜20%低下し、インフル
エンザ菌およびモラクセラの検出率は、20〜30%上昇しています。
インフルエンザ菌およびモラクセラの相対的な増加は、肺炎球菌ワクチンの影響による現象
と考えられています。
2019年時点で中耳液からの菌の分離率は、肺炎球菌:24%、 インフルエンザ菌:34%、
モラクセラ・カタラーリス:15%でした。
肺炎球菌の割合が低下しているにも関わらず、ペニシリン耐性肺炎球菌(MIC > 1μg/mL)
の割合は、約40%で一定しています。
この耐性は、主にペニシリン結合タンパク(PBP)の変化によるものであり、感染部位に
おける薬剤濃度を高めることで、克服できる場合もあります。
また、非定型インフルエンザ菌の約半数はβラクタマーゼ産生菌であり、アモキシシリン
単剤では無効です。
モラクセラ・カタラーリスはほぼ全株がβラクタマーゼ産生菌で、アモキシシリン耐性です。
3)診断
最も多い症状は寝つきが悪い、ぐずり泣きです。
しかし、これらは単なるウイルス性上気道炎でも頻繁に認められます。
発熱や耳を引っ張る動作も必ずしも特異的ではなく、他の上気道感染でも見られます。
従って、現在では耳鏡による鼓膜所見が診断の中心となります。
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滲出性中耳炎>の所見は、鼓膜の混濁(不透明)、鼓膜の動きの低下、
短突起不明瞭化です。ただし、鼓膜の膨隆を伴いません。
一方、<
急性中耳炎>の診断基準は、中耳貯留液がある、鼓膜の膨隆が認め
られるということです。
この「膨隆」という所見が、急性中耳炎を定義づけるために重要であることは、以下の様な
間接的な理由によります。
・鼓膜が膨隆している児の約80%から、細菌が分離される
・ 鼓膜が膨隆していない児の多くは、中耳液を有していない
・熟練医は、膨隆の有無に強く依存して診断している
鼓膜の膨隆を含めた臨床試験では、治療効果がより明確でした。
急性中耳炎のその他の所見としては、水疱性鼓膜炎(鼓膜の膨隆と水疱の形成)や、鼓膜の
敷石状変化(鼓膜の膨隆と微小な穿孔を伴うもの)があります。
鼓膜の限局性発赤(血管拡張や全体的な淡いピンク色の外観とは異なるもの)が鼓膜の膨隆
を伴わずにみられることは稀であり、このような場合に熟練した耳鏡検査医でも約25%程度
しか急性中耳炎と診断しません。
※補足説明; 鼓膜の膨隆がなければ急性中耳炎の診断は難しく、確実性に欠けます。
従って、診断の要は「鼓膜の膨隆+中耳貯留液の存在」であり、これがなければむしろ
経過観察を優先する方が、安全で合理的とされています。
滲出性中耳炎(Otitis Media with Effusion, OME)は、急性中耳炎(Acute Otitis
Media,AOM)とは異なる疾患概念であり、治療方針も大きく異なります。
滲出性中耳炎は非感染性、非炎症性であることが多く、自然軽快します。
(数週間〜数ヶ月)
急性中耳炎が治ったあとに滲出性中耳炎が続発するのはよくあることです。
持続するOMEは別の問題として管理されます。(再発の兆候ではない)
4)治療戦略
アモキシシリンよりもクラバモックスの方が有効とするスタディは一つしかなく、重症度の
定義も曖昧で、限界がある報告です。
抗菌薬を使わない観察的管理(経過観察)も有効との報告もあります。
多くの症例では、抗菌薬を使用しなくても症状は速やかに改善します。
化膿性合併症の発生率は非常に低く、従って軽症例では抗菌薬を用いない経過観察も妥当な
戦略とする報告もあります。
しかし、これらの報告も軽症例の定義に問題があり、限界があります。
これらの限界を踏まえたうえで、現時点での妥当な第一選択は
アモキシシリン(高用量:80〜90mg/kg/日、2回に分けて投与)
また、以下のようなH.influenzae優位が予想される場合には、高用量アモキシシリン–クラ
ブラン酸を第一選択とするのが合理的です。
更に経口セフェム系抗菌薬は、ペニシリン耐性肺炎球菌の除去効果が低いため、一般には
推奨されません。
抗菌薬の投与期間について、24か月未満の小児では5日間の投与は10日間に比べて有効性が
低いことが示されています。
治療失敗の割合は、5日群で約34%、10日群で16%でした。
副作用の発生率には有意差はありませんでした。
経口抗菌薬の複数回治療で失敗した場合は、筋注セフトリアキソン(50mg/kg/日×3日)が
選択肢となります。
5)再発性急性中耳炎
再発性急性中耳炎は、一般に以下のいずれかの条件で定義されます。
6か月以内に3回以上、12か月以内に4回以上。
このような小児には、鼓膜チューブ(チューブ挿入術)がしばしば施行されており、これは
この年齢層における最も一般的な外科手術となっています。
しかし、より新しく大規模な試験では、再発性急性中耳炎の小児を対象とした2年間の
追跡調査において、鼓膜チューブ群と、症状出現時に抗菌薬で対応した群との間に、中耳炎
再発率の差は認められなかったことが示されました。
6)合併症と後遺症
急性乳突炎(Acute Mastoiditis);
急性中耳炎の最も頻度の高い化膿性合併症で、中耳腔から隣接する乳突蜂巣への感染波及
によって発症します。
抗菌薬を使用した場合は約10,000人中2人で、抗菌薬を使用しない場合は約10,000人中4人
です。
その他の稀な合併症として、顔面神経麻痺、内耳炎(迷路炎)、慢性化膿性中耳炎があり
ます。
7)今後の課題
・著者の知る限り、アモキシシリンとアモキシシリン–クラブラン酸の直接比較試験は行われ
ていません。
・また、肺炎球菌ワクチンが普及して以降、アモキシシリンとプラセボを比較した試験も
存在しません。
・これまでのプラセボ対照試験の多くは、急性中耳炎のすべての関連アウトカムを網羅的に
評価しておらず、検証済みの尺度で症状を評価している試験は、さらに少ないのが実情
です。
・また、治療効果の特異性(治療効果が患者ごとに異なるかどうか)を検証した試験は存在
しません。
このため、抗菌薬から利益を得ない可能性のある小児群を特定することは困難であり、
誰を観察に回すべきかは明確ではありません。
・一方で、自然穿孔により鼓膜が破れている症例では、点耳薬より全身投与(内服)の方が
適切であることが示唆されていますが、さらなる研究が必要です。
私見)
急性中耳炎は奥の深い疾患だと思いました。
頻繁な抗生剤の服用、特にセフェム系や抗菌薬は慎むべきかもしれません。
滲出性中耳炎と急性中耳炎の鑑別も大事な様です。
下記にPDFを掲載します。以前のブログも載せます。
中耳炎 NEJM図.pdf小児の急性中耳炎にはアモキシシリン_.pdf小児の急性中耳炎の第一選択薬はペニシリン系.pdf小児急性中耳炎診療ガイドライン・2024 1.pdf