2025年04月19日

重症治療医学会(SCCM)の熱中症治療ガイドライン

重症治療医学会(SCCM)の熱中症治療ガイドライン

Society of Critical Care Medicine Guidelines for the Treatment of Heat Stroke


https://journals.lww.com/ccmjournal/fulltext/2025/02000/society_of_critical_care_medicine_guidelines_for.22.aspx



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 ガイドラインの趣旨を纏めますと、
地球温暖化により、今後も熱中症の増加が懸念されます。熱中症に対する適切な対応は、迅速な
診断と早期の介入です。
積極的な(active)クーリングは、消極的(passive)クーリングより勝り、迅速なクーリングを達成できます。尚、薬剤における介入は、エヴィデンスがありません。

・30分以内に目標の体温に達する事が大事です。
・冷却のスピードは0.155℃/分以上が目標です。
 (10分で1.5℃以上下げる)

補足説明;
activeな冷却とは、患者の体温を能動的に急速に下げる処置の総称です。
passibeな冷却(風通しの良い場所で安静にするなど)と異なり、強力かつ積極的に体温を下げることを目的としています。
それには、次の方法があります。

 〇 冷水浸漬(cold-water immersion, CWI)
患者を全身浸かることができるタブ(浴槽やプール)に移動し、冷水(おおよそ10〜15°C)に
全身を浸漬します。顔と頭部を除いて肩までを水に浸します。
冷却中は体温をモニターし、おおよそ38.5°C程度を目安に冷却を終了します。

 〇 氷水浸漬(ice-water immersion)
冷水に加えて氷を多量に加えた水(約1〜5°C)に浸す方法。
使用する水の温度が低いため、短時間で非常に迅速な体温低下が可能です。
冷却速度が最速(0.2〜0.35°C/min)。ただし、凍傷や末梢血管収縮による中心部の冷却効率低下の懸念があり、慎重に運用されるべきです。
通常、労作性熱中症の専門現場(スポーツ大会など)で使われます。

実施が困難な場合の代替手段
全身浸漬が困難な施設では、以下の方法が代替になります:

・氷のうを大血管部(頸部、腋窩、鼠径部)に置く。中等度の冷却効果
 (推定0.05〜0.1°C/min)です。
・冷水の霧吹き+扇風機。蒸発による冷却です。温暖湿潤気候では効果は低下
・冷却ブランケット・マット ICUや搬送中に用いられることがある。

医療機関で実施できない場合は、できるだけ早い段階で代替冷却手段を行いながら搬送が大事
です。
「クーリングファースト、搬送は後」の原則が強調されています。
(日本救急医学会も同様の推奨)
現場での冷却が生命予後を左右するため、救急車が来る前に冷却を開始すべきです。

医療機関(救急外来・ICU)での対応
氷水浸漬が困難な場合が多く、以下の代替法が主流:

・冷却ブランケット・マット(例:アークティックサン Arctic Sunレジスタードマーク
・氷嚢を頸部・腋窩・鼠径部に置く
・霧吹き+扇風機による蒸発冷却法
・冷却輸液(冷やした生食を20-30mL/kg IV投与)
 特に高齢者の熱中症における冷却戦略(氷水浴が困難な場合)
・蒸発冷却(Evaporative Cooling)
 皮膚表面を水で湿らせ(霧吹き・濡れタオル)
 扇風機や送風機で強く風を当てて、水分を蒸発させる
 水分が蒸発する際の気化熱で皮膚温を下げ、体温を間接的に低下させます

具体的手順

患者の衣服を脱がせる(羞恥心への配慮をしつつ)
霧吹き、タオル、スポンジなどで全身を水で湿らせる
大きめの扇風機(床置きや卓上型)を上半身・下半身に向けて設置
約5〜15分おきに皮膚が乾いてきたら再度水を塗布
冷却輸液
4℃に冷却した生理食塩水や乳酸リンゲル液を、末梢静脈から点滴
1回につき20〜30mL/kg程度を急速輸液(例:体重60kgで1〜2L)
















posted by 斎賀一 at 17:12| その他

2025年04月18日

小児の中耳炎

小児の中耳炎

Otitis Media in Young Children
[n engl j med 392;14 nejm.org April 10, 2025]



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 雑誌NEJMより、症例形式の小児中耳炎の総説(vignette)が載っていますのでブログします。


1)症例は生後9か月の女児です。
  健康でしたが、4日前より上気道感染症を罹患しています。
  両親によると、1日前よりぐずり泣きと寝つきが悪くなっています。
  診察では発熱はなく、ぐずっていました。右の鼓膜は耳垢で良く見えませんが、不透明です。

2)急性中耳炎は2歳以下の小児では最も多い感染症の一つですが、2歳までにだいたい41%が
  一回は罹患します。
  肺炎球菌ワクチンが普及し、その発生頻度は減少傾向です。
  しかしリスクとして、他児童との共同生活、母乳期間の短縮、家族の喫煙が挙げられて
  います。
  前駆症状としては、ウイルス性の呼吸器感染症があります。
  上気道感染症の1/3が急性中耳炎に繋がったとの報告もあります。
  上気道感染症から、およそ4日で急性中耳炎を併発します。
  ウイルス感染により上気道(鼻咽頭・耳管)粘膜が炎症を起こし耳管機能が障害されて、
  中耳の排液が阻害され、鼻咽頭内の病原体が中耳に逆流するためです。
  膨隆した鼓膜を有する患児の中耳貯留液からは、約80%の症例で細菌(肺炎球菌、インフル
  エンザ菌、モラクセラ・カタラーリス)が分離されています。
  鼓膜が膨隆している場合にウイルス性だけが原因なのは、たったの6〜7%で、80%以上は
  細菌感染が認められます。
  細菌感染の原因菌は、過去20年間で大いに変化しています。
  乳児に対する肺炎球菌ワクチンの導入前(2000年以前、7価ワクチン)と、2010年以降の
  13価ワクチン導入後のデータを比較すると、肺炎球菌の検出率は15〜20%低下し、インフル
  エンザ菌およびモラクセラの検出率は、20〜30%上昇しています。
  インフルエンザ菌およびモラクセラの相対的な増加は、肺炎球菌ワクチンの影響による現象
  と考えられています。
  2019年時点で中耳液からの菌の分離率は、肺炎球菌:24%、 インフルエンザ菌:34%、
  モラクセラ・カタラーリス:15%でした。
  肺炎球菌の割合が低下しているにも関わらず、ペニシリン耐性肺炎球菌(MIC > 1μg/mL)
  の割合は、約40%で一定しています。
  この耐性は、主にペニシリン結合タンパク(PBP)の変化によるものであり、感染部位に
  おける薬剤濃度を高めることで、克服できる場合もあります。
  また、非定型インフルエンザ菌の約半数はβラクタマーゼ産生菌であり、アモキシシリン
  単剤では無効です。
  モラクセラ・カタラーリスはほぼ全株がβラクタマーゼ産生菌で、アモキシシリン耐性です。

3)診断
  最も多い症状は寝つきが悪い、ぐずり泣きです。
  しかし、これらは単なるウイルス性上気道炎でも頻繁に認められます。
  発熱や耳を引っ張る動作も必ずしも特異的ではなく、他の上気道感染でも見られます。
  従って、現在では耳鏡による鼓膜所見が診断の中心となります。

 <滲出性中耳炎>の所見は、鼓膜の混濁(不透明)、鼓膜の動きの低下、
  短突起不明瞭化です。ただし、鼓膜の膨隆を伴いません。

  一方、<急性中耳炎>の診断基準は、中耳貯留液がある、鼓膜の膨隆が認め
  られるということです。
  この「膨隆」という所見が、急性中耳炎を定義づけるために重要であることは、以下の様な
  間接的な理由によります。
  ・鼓膜が膨隆している児の約80%から、細菌が分離される
  ・ 鼓膜が膨隆していない児の多くは、中耳液を有していない
  ・熟練医は、膨隆の有無に強く依存して診断している
  鼓膜の膨隆を含めた臨床試験では、治療効果がより明確でした。
  急性中耳炎のその他の所見としては、水疱性鼓膜炎(鼓膜の膨隆と水疱の形成)や、鼓膜の
  敷石状変化(鼓膜の膨隆と微小な穿孔を伴うもの)があります。
  鼓膜の限局性発赤(血管拡張や全体的な淡いピンク色の外観とは異なるもの)が鼓膜の膨隆
  を伴わずにみられることは稀であり、このような場合に熟練した耳鏡検査医でも約25%程度
  しか急性中耳炎と診断しません。

  ※補足説明; 鼓膜の膨隆がなければ急性中耳炎の診断は難しく、確実性に欠けます。
   従って、診断の要は「鼓膜の膨隆+中耳貯留液の存在」であり、これがなければむしろ
   経過観察を優先する方が、安全で合理的とされています。
   滲出性中耳炎(Otitis Media with Effusion, OME)は、急性中耳炎(Acute Otitis
   Media,AOM)とは異なる疾患概念であり、治療方針も大きく異なります。
   滲出性中耳炎は非感染性、非炎症性であることが多く、自然軽快します。
   (数週間〜数ヶ月)
   急性中耳炎が治ったあとに滲出性中耳炎が続発するのはよくあることです。
   持続するOMEは別の問題として管理されます。(再発の兆候ではない)

4)治療戦略
  アモキシシリンよりもクラバモックスの方が有効とするスタディは一つしかなく、重症度の
  定義も曖昧で、限界がある報告です。
  抗菌薬を使わない観察的管理(経過観察)も有効との報告もあります。
  多くの症例では、抗菌薬を使用しなくても症状は速やかに改善します。
  化膿性合併症の発生率は非常に低く、従って軽症例では抗菌薬を用いない経過観察も妥当な
  戦略とする報告もあります。
  しかし、これらの報告も軽症例の定義に問題があり、限界があります。
  これらの限界を踏まえたうえで、現時点での妥当な第一選択は
  アモキシシリン(高用量:80〜90mg/kg/日、2回に分けて投与)
  また、以下のようなH.influenzae優位が予想される場合には、高用量アモキシシリン–クラ
  ブラン酸を第一選択とするのが合理的です。
  更に経口セフェム系抗菌薬は、ペニシリン耐性肺炎球菌の除去効果が低いため、一般には
  推奨されません。
  抗菌薬の投与期間について、24か月未満の小児では5日間の投与は10日間に比べて有効性が
  低いことが示されています。
  治療失敗の割合は、5日群で約34%、10日群で16%でした。
  副作用の発生率には有意差はありませんでした。
  経口抗菌薬の複数回治療で失敗した場合は、筋注セフトリアキソン(50mg/kg/日×3日)が
  選択肢となります。

5)再発性急性中耳炎
  再発性急性中耳炎は、一般に以下のいずれかの条件で定義されます。
   6か月以内に3回以上、12か月以内に4回以上。
  このような小児には、鼓膜チューブ(チューブ挿入術)がしばしば施行されており、これは
  この年齢層における最も一般的な外科手術となっています。
  しかし、より新しく大規模な試験では、再発性急性中耳炎の小児を対象とした2年間の
  追跡調査において、鼓膜チューブ群と、症状出現時に抗菌薬で対応した群との間に、中耳炎
  再発率の差は認められなかったことが示されました。

6)合併症と後遺症
  急性乳突炎(Acute Mastoiditis)
  急性中耳炎の最も頻度の高い化膿性合併症で、中耳腔から隣接する乳突蜂巣への感染波及
  によって発症します。
  抗菌薬を使用した場合は約10,000人中2人で、抗菌薬を使用しない場合は約10,000人中4人
  です。
  その他の稀な合併症として、顔面神経麻痺、内耳炎(迷路炎)、慢性化膿性中耳炎があり
  ます。

7)今後の課題
  ・著者の知る限り、アモキシシリンとアモキシシリン–クラブラン酸の直接比較試験は行われ
   ていません。
  ・また、肺炎球菌ワクチンが普及して以降、アモキシシリンとプラセボを比較した試験も
   存在しません。
  ・これまでのプラセボ対照試験の多くは、急性中耳炎のすべての関連アウトカムを網羅的に
   評価しておらず、検証済みの尺度で症状を評価している試験は、さらに少ないのが実情
   です。
  ・また、治療効果の特異性(治療効果が患者ごとに異なるかどうか)を検証した試験は存在
   しません。
   このため、抗菌薬から利益を得ない可能性のある小児群を特定することは困難であり、
   誰を観察に回すべきかは明確ではありません。
  ・一方で、自然穿孔により鼓膜が破れている症例では、点耳薬より全身投与(内服)の方が
   適切であることが示唆されていますが、さらなる研究が必要です。





私見)
  急性中耳炎は奥の深い疾患だと思いました。
  頻繁な抗生剤の服用、特にセフェム系や抗菌薬は慎むべきかもしれません。
  滲出性中耳炎と急性中耳炎の鑑別も大事な様です。
  下記にPDFを掲載します。以前のブログも載せます。





中耳炎 NEJM図.pdf

小児の急性中耳炎にはアモキシシリン_.pdf

小児の急性中耳炎の第一選択薬はペニシリン系.pdf

小児急性中耳炎診療ガイドライン・2024 1.pdf













posted by 斎賀一 at 20:13| 小児科

2025年04月15日

吻合部潰瘍とNSAID

吻合部潰瘍とNSAID

<院内勉強用>


前回のブログの補足説明です。AIを大いに活用しました。


#胃切除後の胃酸分泌
胃酸分泌(塩酸)は、胃底部よりも前庭部よりの「胃体部および胃底部」に多く、前庭部では
ほとんど分泌されません。
  


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胃酸(塩酸、HCl)は主に、胃体部・胃底部のパリエタール細胞(壁細胞)から分泌されます。
胃全摘出ではこの分泌源そのものが失われるため、胃酸分泌は完全に消失します。
パリエタール細胞は、ビタミンB₁₂の吸収に必須な内因子も分泌しています。
そのため、ビタミンB₁₂欠乏(巨赤芽球性貧血)が、長期的な合併症として出現します。



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#残胃について
胃酸は胃空腸吻合術後でも、完全には分泌が止まらない。
胃空腸吻合術(たとえばビルロートII法やRoux-en-Y再建など)では、幽門部や一部の胃を切除
しますが、胃体部や胃底部が残ることが多いです。
胃酸は主に胃底部と胃体部の壁細胞から分泌されるため、残胃がある限り胃酸分泌は一定程度
持続します。
ただし、胃酸分泌能は術前より低下する傾向があります。



#NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)と胃
NSAIDは、主に以下の2つの経路で消化管潰瘍を引き起こします

@ 局所毒性作用(direct injury)
  NSAIDは脂溶性で、胃・腸粘膜を直接傷つけ、細胞膜の障害やミトコンドリア機能障害を
  引き起こします。

A 全身的なプロスタグランジン合成阻害(systemic effect)
  NSAIDsはCOXを阻害し、粘液や重炭酸の分泌低下、粘膜血流低下、再生遅延を引き起こし
  ます。
  この作用は胃だけでなく、空腸・大腸でも潰瘍形成のリスクとなります。
  PPI(プロトンポンプ阻害薬)は胃酸分泌を抑制することで、NSAIDによる粘膜障害の一因を
  軽減します。
  加えて、酸性環境下ではNSAIDの局所毒性が強くなるため、胃酸を抑えることでNSAIDの
  直接的な粘膜障害を軽減することができます。
  さらに、十二指腸や小腸でも胃酸の影響は間接的にあるため(バリア機能破綻)、PPIが遠位
  消化管潰瘍の予防にも一定の効果があると考えられています。
  胃空腸吻合部では、胆汁や膵液の逆流(アルカリ逆流)や粘膜再構築の脆弱性などから
  「吻合部潰瘍(辺縁潰瘍)」が起こりやすいとされています。
  この部位もNSAIDsの影響を受けやすく、PPIで防御因子の補強が重要になります。



#NSAIDについて
COX-1(シクロオキシゲナーゼ-1)とCOX-2(シクロオキシゲナーゼ-2)は、プロスタグラン
ジン(PG)という生理活性物質を合成する酵素で、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)の作用
標的として非常に重要です。





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COX-1は「守りの酵素」:体を守るため常に働いています。
COX-2は「戦いの酵素」:炎症など体が攻撃を受けたときに出現する。

COX阻害薬であるNSAIDを選択性から見ますと、
COX-1/COX-2 比 >1:COX-1を多く阻害 → 胃腸障害リスク高い
COX-1/COX-2 比 <1:COX-2を多く阻害 → 炎症には有効だが心血管系リスクに注意
比が1に近い:両方にほぼ等しく作用





私見)
 選択制のセレコックスも、胃には注意が必要です。
 残胃には、酸分泌抑制薬が必要な様です。










posted by 斎賀一 at 18:35| 消化器・PPI