2022年12月19日

前立腺癌のPSAを用いた診断基準

前立腺癌のPSAを用いた診断基準

Prostate Cancer Screening with PSA and MRI Followed
by Targeted Biopsy Only



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 1990年代にPSAが用いられるようになり、超音波検査下での生検も確立されてきましたが、
過剰診断の問題が指摘されています。
ガイドラインもこの問題を乗り越えなくてはならない状態です。
一般的に前立腺癌は小さく悪性度の低い、予後の良い癌が多いです。
60歳以上の男性の 50%にこのような癌が潜在しているとも言われています。またPSAの特異度も
低く、値が 3 以上でも前立腺癌は 16%の診断との事です。
しかし、前立腺癌での死亡率は増加傾向で、第7番前後です。
適切なスクリーニングが求められています。
 今回雑誌NEJMにMRIを用いて標的生検の診断方式が過剰診断を削減するとの論文が出て
います。


1) 50〜60歳の男性 37,887例を、通常の前立腺特異抗原(PSA)スクリーニングを行い   
   PSA値が 3 ng/mL以上の 17,980例(47%)が試験に登録しています。
   MRIはすべて実施していますが、その後の生検の方法を 3 グループに分けています。
   MRI後に従来の 12個の生検を実施し、更にMRIで陽性所見があれば標的生検を 3〜4個
   追加する通常群(arm1)と、MRIの陽性所見の場合にのみ標的生検4個だけ行う実験群
   (arm2)とし、この場合にPSAが 10以上の時はMRI所見が陰性でも標的生検を行って
   います。arm2と同じ方式の生検ですが、PSAのカットオフ値を 1.8以上と下げたarm3も
   設けています。arm3のデータはarm2に組み込まれています。





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2) 主要転帰は、臨床的に重要でない前立腺癌のグリーソンスコア 3+3 と定義しています。
   二次転帰は臨床的に重要な前立腺癌とし、グリーソンスコア3+4 以上と定義し安全性も
   評価しました。

3) 臨床的に重要でない前立腺癌は、実験群の 11,986例中 66例(0.6%)で診断された
   のに対し、通常群では 5,994例中 72例(1.2%)であり、相対リスク 0.46 です。
   (過剰診断をほぼ半減出来ています。)
   系統的生検(12個)のみによって発見された臨床的に重要な前立腺癌は、通常群の 10例
   で診断されましたが、全例が中リスクであり大部分は低腫瘍量で、積極的監視により管理
   されました。重篤な有害事象はいずれの群においても稀(0.1%未満)でした。





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        (referenceが通常群で、experimentalが実験群です)



4) 討論
   生検の方針として、アメリカとヨーロッパのガイドラインは異なっています。
   本論文ではMRIの所見を優先しています。MRI所見のPI-RADSスコアーが 1〜2 は生検を
   せず、3〜5 に対して標的生検を実施する実験群を調べました。
   つまり、小さなグリーソンスコアーが 3+3 に対しては過剰診断の可能性が高く、生検
   にはharmfulとする認識です。本研究の実験群によりグリーソンスコアーが 3+3 は
   54%削減できましたが、38%は否定できませんでした。
   臨床的に重要な前立腺癌、つまり 3+4 は通常群と比較して実験群で 19%減少を意味して
   おり、危険率は 0.81 でした。
    (つまり、MRI検査後に標的生検のみで系統的生検を行わないと、臨床的に重要な前立
   腺癌を 0.08%見落とします。例えば 10,000人の対象で約 8人を見落とす計算となり
   ます。)
   繰り返しますが、系統的生検によってのみ検出された臨床的に有意な癌が、通常群の 10人
   の男性で診断されたことを指摘しています。
   これらの男性の内 9人はMRIが陰性で、1人はMRIで偽陽性の所見がありました。
   前立腺癌と診断された参加者の内 6人は、主に積極的な監視で管理され、3人は根治的
   前立腺全摘除術で治療され、1人は放射線療法で治療されました。
   診断が遅れたこれらの症例は全て予後不良とはなっておらず、更なる経過観察が重要
   です。
   本論文の制限(limitation)は、若い人が対象です。





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5)結論
  PSA高値の男性の前立腺癌のスクリーニングと早期発見には、MRIを用いた標的生検を選択
  して系統的生検を回避することで、少数の患者で中リスク腫瘍の発見が遅れるという犠牲の
  もと、過剰診断のリスクを削減できました。







私見)
  ザックリと言って、MRIを用いた標的生検では(4個)過剰診断を半分に減らせますが、
  臨床的に治療が必要な癌を 1,000人中 1人見落とす可能性があります。
  前立腺癌は予後が良く過剰診断も多いので、スクリーニング検査も治療も拒否すると考える
  御仁も多くいます。是非本論文を前向きに捉えてもらいたいです。
  ネットの情報を下記に掲載します。









前立腺がん _ 国立がん研究センター 東病院.pdf

前立腺癌のMRI画像診断におけるPI-RADS v2.1まとめ!.pdf













posted by 斎賀一 at 19:07| 泌尿器・腎臓・前立腺

2022年11月19日

慢性腎臓病にRAS阻害薬を継続してもいいかも?

慢性腎臓病にRAS阻害薬を継続してもいいかも?
 
Renin–Angiotensin System Inhibition in Advanced Chronic Kidney Disease
[This article was published on November 3,2022, at NEJM.org.]



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 降圧薬のRAS阻害薬はACE阻害薬とARBがありますが、降圧薬の主役です。
RAS阻害薬は腎臓の保護作用があるとも言われていますが、一方で腎機能の低下した慢性腎臓病
においては、腎機能の悪化を誘発するため中止する事をガイドラインや専門家は、推奨して
います。
以前のブログでも紹介しましたが、腎機能と低カリウムに注意すれば中止までしなくて良いと
する論文もあります。
今回はそれを後押ししてくれる、私にとってはありがたい論文が雑誌NEJMに掲載されています。


1)方法
  腎機能のeGFRが30以下の軽度〜中等度の慢性腎臓病を対象にしています。
  RAS阻害薬を継続する群と中断する群に分けています。
  主要転帰は3年後のeGFRです。
  二次転帰は末期腎不全(ESKD)への悪化、eGFRの50%以上の低下、透析の導入、入院、
  血圧、QOL、活動力です。


2)結果
  411人が対象です。(中断群は206人、継続群は205人の同数です) 経過観察は3年間
  末期腎不全又は透析への移行は、中断群で62%(128人)で継続群では56%(115人)、
  中断による危険率は1.28でした。
  副反応は両群で同じでした。
  心血管疾患の発生は、中断群で108人、継続群で88人です。
  死亡は中断群で20人、継続群では22人でした。


3)討論
  中断群の臨床的なメリットはありませんでした。
  これは以下のサブグループでも言える事でした。
  ・年齢 ・慢性腎臓病の程度 ・糖尿病 ・蛋白尿 ・血圧
  研究の最初の1年間は中断群の方が血圧低下が認められていますが、これはRAS阻害薬から
  他の降圧薬に変更したためで、その後は両群共に同程度でした。
  RAS阻害薬が中等度で慢性腎臓病のeGFRの低下を抑制する事は示せますが、進行性の腎臓病
  に全く有効か、までは言えません。
  結局は最も大事な点は、血圧コントロールかもしれません。
  しかし他の大規模研究では、RAS阻害薬の中断が心血管疾患の増大と死亡率を上げることも
  指摘されています。


4)結論
  RAS阻害薬の中断により、中等度の慢性腎臓病において腎機能低下を遅らせることは出来ま
  せんでした。




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私見)
 慢性腎臓病において、腎機能の推移と血清カリウムのチェックは特に大事です。
 最近のガイドラインを含め一般的にeGFRが30以下では、RAS阻害薬は禁忌の印象でした。
 しかし今回の論文の対象者は30以下です。
 慢性腎臓病の患者さんには2〜3か月の血液検査は必要かもしれません。
 しかし、十把一絡げでRAS阻害薬の休薬はやや過剰反応でしょうか。







他の論文.pdf

慢性腎臓病とRA系阻害薬.pdf








posted by 斎賀一 at 16:09| 泌尿器・腎臓・前立腺

2022年06月10日

急性及び慢性腎臓病におけるeGFRとアルブミン尿

急性及び慢性腎臓病におけるeGFRとアルブミン尿
 
Uses of GFR and Albuminuria Level in Acute and Chronic Kidney Disease
 [N Engl J Med 2022;386:2120-8.]



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 急性及び慢性腎臓病の診断に最も有効なツールは、アルブミン尿とeGFRであるとの総説が
雑誌NEJMに掲載されています。
以前にも同様の内容をブログしましたが、改めて今回の総説を読んで、自分の中で整理して
みました。


1) 急性腎臓病(AKD)は経過が3か月以内、慢性腎臓病(CKD)は3か月以上です。
   急性腎障害(AKJ)は発症7日以内を言いますが、AKDに含まれます。

2) GFRは腎臓の糸球体の数、つまりネフロンの数を表しています。
   年齢と共にネフロンは硬化し、血圧や糖尿病などの疾病でもその数の減少が起きます。
   つまりGFRが低下してきます。
   しかし生理学的にネフロンの数が減少すれば、それを補うために単一のネフロンは、
   ろ過量を増やす傾向となります。hyperfiltrationです。
   そのhyperfiltrationは長い経過では、ネフロンの障害(糸球体内圧亢進)を誘発して
   しまいます。

3) 現在では糸球体のろ過率を表す方法としては、eGFRが一般的で推奨されています。
   eGFRの計算式ではクレアチニンが世界で一般的に使用されていますが、人種差もない
   シスタシンCが推奨されています。

4) アルブミン尿は糸球体血管内皮の透過性障害を表します。
   アルブミン尿は腎臓病の初期から認められ、糖尿病、高血圧、糸球体腎炎など全ての
   腎疾患において遅かれ早かれ出現してきます。
   現在ではアルブミン尿の測定は、早朝のスポット尿を用います。
   尿中アルブミン(mg)/尿中クレアチニン(gr)比で求めます。

5) GFRが60以下、もしくは尿中アルブミン(mg)/尿中クレアチニン(gr)比が30以上の
   場合は腎臓病(AKD,CKD)を想定します。AKIはGFRのみの低下です。
   確定診断となりますと、年齢や病気、合併症により異なってきます。

6) アルブミン尿の増加はARBの治療適応となります。
   最近ではSGLT-2阻害薬も有力視されています。

7) GFRの低下とアルブミン尿の増加は、心血管疾患(CVD)の予測因子です。
   CVDの危険率を考えた時には、クレアチニンよりもシスタシンCを用いたGFRの方が有効
   とのデータがあります。

8) 高齢者はCKDの罹患率が高く、また腎不全の相対的リスクは低いので、高齢者は若い人と
   比較してGFRの閾値は低いかもしれません。
   (高齢者の場合はeGFRがある程度低下しても、許容範囲かもしれません。)




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          (ACRは尿中アルブミン/クレアチニン比)









私見)
 50歳以上の外来慢性疾患の患者さんには、年一回の便潜血、胸部レントゲン、尿アルブミン
 検査は必要と感じます。











posted by 斎賀一 at 20:07| 泌尿器・腎臓・前立腺