2025年02月07日

鳥インフルエンザ(H5N1)の人感染

鳥インフルエンザ(H5N1)の人感染

Highly Pathogenic Avian Influenza A(H5N1)Virus Infections in Humans
[This article was published on December 31,2024, at NEJM.org.]



70207.PNG

   
  
 高病原性鳥インフルエンザA(H5N1)の人感染が、アメリカで散発的に起こっています。
高病原性鳥インフルエンザA(H5N1)ウイルスは、1997年に香港で初めて人の病気を引き起こす
ことが認識されました。現在では2003年11月以降、世界24カ国で900人以上のヒト症例が報告
されており、累積死亡者数は約50%です。
アメリカでは、クレード2.3.4.4bに属するA(H5N1)ウイルスによる人感染が2021年に復活し
始めました。アメリカ以外では2022年1月以降、クレード2.3.4.4bに関連する11例の鳥インフ
ルエンザA(H5N1)症例が5カ国から報告されています。
この11例のうち7例は無症状、4例は重篤または重篤な疾患を呈していました。(1例が死亡)
2024年以前では米国で報告されたヒトA(H5N1)の症例は、2022年にコロラド州の家禽労働者
で報告されただけで、疲労が唯一の症状でした。
雑誌NEJMの本論文は2024年3月から10月にかけて、乳牛と家禽から人に感染した集計です。


1) 症例患者46人のうち、20人は感染した家禽に曝露され、25人は感染した、または
   感染したと推定される乳牛に曝露され、1人は曝露が特定されていなかった。
   (この患者は非呼吸器症状で入院し、定期的なサーベイランスを通じてA(H5N1)
    ウイルス感染が検出されました。)
   動物に曝露した患者45例は平均年齢が34歳で、全員が軽症でした。
   入院した人はおらず、死亡した人もいませんでした。
   42人の患者(93%)が結膜炎を患い、22人(49%)が発熱し、16人(36%)が呼吸器症状を
   呈していました。15人(33%)は結膜炎のみでした。
   解析可能なデータがある患者16人の罹患期間は中央値が4日(範囲、1〜8)でした。
   ほとんどの患者(87%)がオセルタミビルを投与されました。
   オセルタミビルは、症状が現れてから中央値が2日後に開始されました。
   動物に曝露した症例患者で家庭内接触者97人のうち、追加の症例は確認されません
   でした。感染した動物に暴露された労働者が最も一般的に使用していた個人用保護具
   (PPE)の種類は、手袋(71%)、目の保護具(60%)、フェイスマスク(47%)と不完全
   でした。
   これまでに同定された症例では、A(H5N1)ウイルスは一般的に軽度の疾患、主に結膜炎
   を短期間で引き起こしています。ほとんどの患者が迅速な抗ウイルス治療を受けました。

2) 討論
   職業ばく露労働者のPPE使用は最適ではありませんでした。
   職業的に曝露された症例患者の90%以上が結膜炎を患っており、約3分の1には呼吸器
   症状もありました。全員が短期間で軽度の病気で、入院した人はいませんでした。
   現段階ではヒトからヒトへの感染は確認されていません。
   感染した乳牛は14日間までに症状がピークに達し、回復には24日間掛かっています。
   低温殺菌されていない生乳から高レベルのA(H5N1)ウイルスが発見されており、これは
   おそらく牛から酪農労働者への重要な感染源です。
   結膜炎は職業的に曝露された労働者の間で最も一般的な状態であり、結膜スワブは結膜炎
   を報告した症例患者の90%で陽性でした。
   世界的に見て、人におけるA(H5N1)の症例は無症候性の疾患から、結膜炎、軽度の上気道
   症状、下気道疾患および死亡を含む重篤な疾患まで幅広い疾患です。
   なぜアメリカの症例が軽症なのかは不明ですが、初期診断と早期での加療が功を奏して
   いる可能性があります。
   タミフルの使用が推奨されています。現在までに、ノイラミニダーゼ阻害剤に対する
   感受性がわずかに低下する変異を持つ(3つの)ウイルスとゾフルーザ(1つのウイルス)
   の4つのウイルスを除き、米国で感染したA(H5N1)ウイルスは、現在利用可能な抗ウイ
   ルス薬に感受性があります。
   米国のほとんどの症例は軽症ですが、世界的なデータと動物を用いた研究によりA(H5N1)
   クレード2.3.4.4bウイルスは、重篤な疾患と死亡を引き起こす可能性があることが示され
   ており、今後も注意が必要です。





       70207-2.PNG







   
私見)
 A(H5N1)クレード2.3.4.4bウイルスが弱毒化していればと楽観視もしたくなりますが、新たな
 変異を遂げて人へのパンデミックになる恐れもあります。
 下記に医療従事者のガイダンスがCDCから出ていますが、基本的には従来の発熱外来と同じ
 です。但し、医療用ゴーグルが必要となっています。






Infection Control.pdf













posted by 斎賀一 at 19:09| 感染症・衛生

2025年02月06日

鳥インフルエンザに季節性のワクチンは有効か?

鳥インフルエンザに季節性のワクチンは有効か?

Are we serologically prepared against an avian influenza pandemic
and could seasonal flu vaccines help us?



0206.PNG

 
     

 かなり専門的内容の文献ため、要約のみをブログします。


 1) 鳥インフルエンザのH5N1と、H7N9の二つの亜型に対する中和抗体を調べています。
    135人が参加して、2021年から2022年のインフルエンザシーズンに、季節性インフル
    エンザワクチン(不活化ワクチン)を接種しています。
    
    年齢層を3グループに分けています。
    ・ 1925-1967年生まれのG1(人数 = 41;平均年齢79.4歳);A(H1N1)
      およびA(H2N2)ウイルスによって曝された可能性が高い。
    ・ 1968-1977年生まれのG2(人数 = 49;平均年齢、48.4歳);A(H3N2)
      ウイルスによって曝された可能性が高い。
    ・ 1978-1997年生まれのG3(人数 = 40;平均年齢、35.1歳);
      A(H3N2)およびA(H1N1)再出現ウイルスによって曝された可能性が高い。


        0206-2.PNG


 2) 抗体検査はワクチン接種前、1か月後、6か月後に調べています。
    赤血球凝集阻害(HI: Hemagglutination Inhibition)抗体と、ウイルス中和
   (VN: Virus Neutralization)抗体を調べています。

   (補足説明;
   ・ 赤血球凝集阻害HI:
     HI抗体価の上昇は、インフルエンザワクチンによる免疫誘導の指標として
     よく用いられる。
     通常、HI抗体価40倍以上が防御レベルとされる(50%の人が感染を防げる目安)。
     ただし、HI抗体はウイルスの変異による影響を受けやすく、亜型(H1N1、H3N2
     など)ごとの特異性が高い。
   ・ ウイルス中和(VN)抗体
     測定対象は HAだけでなく、ネウラミニダーゼ(NA)や他のウイルスタンパク質
     に対する抗体も含む。インフルエンザウイルスが、宿主細胞へ感染するのを阻止
     する能力を持つ抗体を測定する事になる。
     評価の意義は、より直接的な感染防御能力を反映する。
     HI抗体に比べて、ウイルスの変異による影響を受けにくい場合があり、交差防御を
     示す可能性がある。免疫原性評価の補助的指標として使われるが、HI抗体ほど広く
     は用いられていない。)

 3) 結果
    ワクチン接種前に、H5N1に対する防御抗体を持っていたのはG1の2.4%に過ぎず、
    H7N9に対する抗体は、すべてのワクチン接種群で存在しなかった。
    季節ワクチン接種の1ヶ月後、H5N1に対する赤血球凝集阻害(HI)抗体反応はG3で
    最も多く(15%)、次いでG2(12.2%)であったが、H7N9に対する反応は最小限で
    あった。
    6ヵ月後、鳥インフルエンザに対する血清防御は、すべての症例で2%以下に留まった。
    ウイルス中和(VN)抗体(交差防御中和抗体)を調べると、季節性ワクチン接種の
    1カ月後、G2とG3の個人は、H5N1に対して、それぞれ31.4%と39.5%、H7N9に
    対しては、それぞれ35.3%と51.2%でした。若い世代には、特に有効との結果です。

 4) 結論
    研究の結果は、AIV(鳥インフルエンザウイルス)パンデミックの初期段階における、
    おそらく最善のワクチン接種戦略は、まず季節性IIV(不活化インフルエンザワクチン)
    による予防接種、その後、利用可能になったときには鳥インフルエンザ特異的ワク
    チン、または、新たに設計された特定のH5N1ワクチンによる予防接種を含む可能性が
    高いことを示しています。これにより、一価のH5N1ワクチンの単回投与と比較して、
    より強固な血清防御が可能になるだろうと推測されます。

 5) 以前の別の文献(下記参照)においても、季節性インフルエンザワクチンの有効性が
    述べられています。
 
    「季節性インフルエンザA(H1N1)/(H3N2)のワクチン接種を受けた健康なドナーに
     おける鳥インフルエンザ(H5N1)株との間の免疫交差反応性を評価できた。
     ベースラインでは、H5N1亜型に特異的なCD4 T細胞の頻度が数人で検出され、
     季節性ワクチン投与により、そのような反応性CD4 T細胞の頻度が増加しました。
     また、季節性ワクチン接種により、鳥インフルエンザ(H5N1)に対する中和免疫を
     高めることができることも観察されました。
     N1は、細胞性および体液性の交差型免疫の標的となる可能性があります。季節性
     インフルエンザワクチン接種によって、高病原性鳥インフルエンザA型ウイルス
     亜型H5N1に対するクロスタイプ細胞免疫と体液性免疫を高める可能性があります。」



私見)
 偉人からの教訓として「楽観論は禁物」がありますが、難局を乗り越えるには、ささやかな
手立ての準備も必要かもしれません。





1 本論文.pdf

PMC.pdf












posted by 斎賀一 at 11:24| 感染症・衛生

2025年02月04日

鳥インフルエンザの予備知識

鳥インフルエンザの予備知識

<院内勉強用>


70204.PNG


     
  
 鳥インフルエンザの報道が多く見られるようになり、今までスルーしていましたが、ここに
きて、やや勉強をしましたのでブログします。文献に関しては次回続けてブログします。
ヒトでの感染を繰り返すと変異を起こし、ヒトで効率よく増殖するウイルスが出現する可能性
が高まるため、現在、世界的流行を起こし得る新型ウイルス出現の危険性が危惧されています。
インフルエンザウイルスは、ウイルス膜表面にある糖タンパク質のひとつであるヘマグルチニン
(HA)が、動物の細胞表面にあるレセプター(受容体)と結合して感染が始まります。
一般に鳥のインフルエンザウイルスは鳥型のレセプターと結合し、ヒトのウイルスはヒト型
レセプターと結合します。
そのレセプター特異性の違いがどの動物に感染するかを大きく左右します。






       70204-2.PNG    
                            (山田晋弥;下記PDFより)




1) 病原性に基づいた分類として
   高病原性鳥インフルエンザ(high pathogenicity avian influenza;HPAI)と
   低病原性鳥インフルエンザ(low pathogenicity avian influenza;LPAI)があります。
   HPAIウイルスとLPAIウイルスは、どちらもさまざまなヒトの病気を引き起こす可能性が
   あります。
   次にウイルスの株の分類の亜型としては、H5N1とH7N9は代表的です。
   高病原性鳥インフルエンザウイルス株の例: H5N1, H5N6, H7N9
   低病原性鳥インフルエンザウイルス株の例: H9N2, H7N9


2) 株について(uptodateより)

   ・H5N1
    臨床症状は、曝露の性質やウイルスクレード(下記詳細)など、いくつかの要因に依存
    する可能性があります。
    重篤な疾患の患者は、入院時に白血球減少症、好中球減少症、リンパ球減少症、および
    血小板減少症を発症することがよくあります。
    その他の検査異常には、肝機能異状(AST>ALT) など。
    X線所見には、びまん性、多病巣性、または斑点状の浸潤、間質性浸潤、および分節性
    または小葉硬化性が含まれます。胸水は通常見られません。
    呼吸不全への進行は、びまん性の両側スリガラス様浸潤に関連しています。

   ・H7N9
    ほとんどの患者は重篤な疾患です。ただし、軽度および中等度の病気も発生します。
    88%がリンパ球減少症、73%が血小板減少症でした。
    白血球数は、ほとんどの患者で正常またはわずかに減少しました。
    AST、ALT、およびCRPの上昇が報告されています。
    胸部X線写真とコンピューター断層撮影 (CT) スキャンでは、肺炎の患者は多葉斑状の
    浸潤とびまん性のスリガラス状の病変を示しました 。
    その他のCT所見には、air bronchogram、小葉間中隔肥厚、小葉中心性結節、
    網状opacities、嚢胞性変化、気管支拡張、および胸膜下線状opacitiesが含まれる場合
    があります。

   ・その他の亜型としては
    H3N8、H5N6、H6N1、H7、H9N2、H10があります。


3) 検査(uptodateより)
   季節性インフルエンザの迅速検査キットは、一般的にA型(H1N1、H3N2)とB型イン
   フルエンザウイルスの抗原をターゲットにしています。
   しかし、鳥インフルエンザのH5N1やH7N9は抗原性が大きく異なるため、鳥インフル
   エンザウイルスに対する感度は極めて低いと報告されています。
   特に鳥インフルエンザウイルスの感染者では、ウイルス量が鼻咽頭では少なく、下気道
   (肺)に多く存在することが多いため、通常の鼻咽頭スワブでは検出されにくいという
   問題もあります。
   WHOやCDCは、鳥インフルエンザの診断には通常の迅速検査キットではなく、RT-PCR
   (遺伝子増幅検査)を使用するよう推奨しています。


4) 治療(uptodateより)
   抗ウイルス治療をできるだけ早く実施します。
   臨床検査結果を待っている間、治療を遅らせるべきではありません。
   また、発症から48時間以上経過した場合でも治療を開始する必要があります。
   治療は、インフルエンザ合併症のリスクが高い個人にとって特に重要です。
   経口タミフルは、入院患者の鳥インフルエンザの治療に適したレジメンです。
   鳥インフルエンザウイルス感染症の入院患者では、季節性インフルエンザウイルス感染と
   比較してウイルスレベルが高く、ウイルス複製の持続時間が長い(特に下気道)ことが
   観察されています。
   代替レジメンには、ペラミビルまたはザナミビル(どちらも非経口投与)が含まれます。
   ゾフルーザは、合併症のない季節性インフルエンザの治療薬としてFDAに承認されていま
   すが、重症の季節性インフルエンザの治療に対する有効性データが限られていることを
   考えると、ゾフルーザは鳥インフルエンザの入院患者の治療には好ましい薬剤でないかも
   しれません。
   しかし、H7N9に対するゾフルーザの効果は、動物およびin vivo細胞モデルで観察されて
   います。
   予防投与としてはタミフルが推奨されます。(成人の投与量: 75mgを1日2回経口投与)
   これは、季節性インフルエンザに使用される治療投与量です。
   抗ウイルス予防として、この量を5日間または10日間投与します。
   期間限定の曝露の設定では最後の既知の曝露から5日間、抗ウイルス予防を継続します。
   継続的な曝露の状況 (家庭環境など) では、症例患者からのウイルス排出が長引く可能性
   があることを考慮して、抗ウイルス予防を10日間継続します。


5) クレードについて(ネットより)
   鳥インフルエンザウイルス(特にH5亜型)は、遺伝的特徴に基づいて「クレード」と呼ば
   れる系統に分類されます。
   これらのクレードは時間とともに進化し、新たなクレードの出現や既存クレードの拡散が
   報告されています。
   クレード(Clade)はウイルスの系統樹に基づいた分類であり、遺伝的に類似したウイルス
   群を指します。
   H5N1ウイルスは1996年に初めて確認され、その後遺伝的に多様なクレードに分岐しま
   した。
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
   H5N1の主要クレード
   クレード 0:  1996年の最初のH5N1株(中国・広東省)
   クレード 1:  2004〜2006年にベトナム、タイ、カンボジアで流行
   クレード 2.1, 2.2, 2.3 など:  その後の変異株(2005年以降)
   現在、アメリカで流行している高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)H5N1ウイルスは、
   クレード2.3.4.4bに属しています。
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  
   このクレードは、2020年以降、世界的に広がりを見せており、日本でも野鳥や家禽への
   感染が報告されています。
   近年、日本では主にクレード2.3.4.4bに属するH5N1亜型のHPAIウイルスが確認されて
   います。
   このクレードは2020年以降、世界的に広がりを見せており、日本でも野鳥や家禽への
   感染が報告されています。
   2023年3月、北海道札幌市内の庭園で斃死したカラスからクレード2.3.4.4bのH5N1
   ウイルスが検出されました。
   さらに、同地域で斃死したキタキツネやタヌキからも同様のウイルスが検出されており、
   これらが日本における哺乳類での初めての感染例となりました。
   また、2024年3月には広島県の家禽農場で高病原性鳥インフルエンザの発生が確認され、
   同じ鶏舎内で死亡していたクマネズミからもクレード2.3.4.4bのH5N1ウイルスが検出
   されています。
   これらの事例から、日本においてもクレード2.3.4.4bのH5N1ウイルスが野鳥、家禽、
   さらには哺乳類に広がっていることが示唆されます。








       70204-3.PNG 

                              (下記PDF参照)






私見)
 次回のブログの参照にして下さい。





1 東大.pdf

2 クレード.pdf

3 (H5N1)感染拡大について2.pdf











posted by 斎賀一 at 20:02| 感染症・衛生