心アミロイドーシスについて
<院内勉強用>
私にとって稀な疾患アミロイドーシスは、高齢者の消耗疾患、特に関節リウマチを長く
患っている場合とか、時に消化器の疾患の生検から偶然診断されることもありました。
最近では専門病院に紹介すると、心アミロイドーシスを疑って検査中とのご返事を頂くことが
多々あり、心アミロイドーシスが身近な疾患となっています。
「uptodate」と「今日の臨床サポート」などから抜粋し、診断方法のノウハウを得ようと思い
ブログしました。
1) アミロイドーシスとは何か
タンパク質は、アミノ酸が鎖状につながった分子です。
体内でアミノ酸が機能を発揮するには、このアミノ酸の鎖が特定の立体構造に
「折りたたまれる」(フォールディング)必要があります。
この「折りたたみ」は、分子間の結合や化学的な力(静電気、疎水性効果など)によって
正確に決まります。
正常に折りたたまれたタンパク質は、それぞれの役割(酵素として働く、構造を支える、
運搬するなど)を果たします。
異常な「折りたたみ」では、何らかの原因でタンパク質が正しく折りたたまれないことが
あります。この状態を「誤った折りたたみ(ミスフォールディング)」といいます。
異常に折りたたまれたタンパク質は、通常の役割を果たせないだけでなく、安定性が低下
し、他の異常なタンパク質と結合して「繊維状」の構造を作ることがあります。
この繊維状の異常タンパク質の塊が「アミロイド」と呼ばれる物質です。
心アミロイドーシスとは、心筋細胞間質にアミロイド蛋白 が沈着し、形態的、機能的異常
を来す病態を指します。
2) アミロイドーシスは大きく分けて2種類あります。
・ALアミロイドーシス(免疫グロブリン軽鎖アミロイドーシス):
骨髄で産生される異常な免疫グロブリンの軽鎖が原因
多発性骨髄腫(血液がんの一種)が関連する場合もあります。
・ATTRアミロイドーシス(トランスサイレチン型アミロイドーシス):
これにはATTRv(遺伝性;変異型TTR)と野生型TTR(加齢性)の二種類があります。
原因は肝臓で作られる「トランスサイレチン」というタンパク質が、正常な折りたたみ
を維持できず、アミロイドに変化します。
【トランスサイレチンの名前は、「thyroxine(甲状腺ホルモン)」と「retinol(レチ
ノール、ビタミンA)」から作られた造語で、この両者の運搬能力を持つことから
名付けられました。Trans(運ぶ) + Thyretin(サイロキシンとレチノール)】
その他の稀な原因として、AAアミロイドーシスやβ2-ミクログロブリンアミロイドーシス
があります。
また、別の分類方法もあります。(重複記載となりますが)
全身性のアミロイドーシスと、限局性のアミロイドーシスに分類されることもあります。
限局性アミロイドーシスとしては、アルツハイマー病、脳アミロイドアンギオパチー、
プリオン病などの脳アミロイドーシスが代表的である。
全身性アミロイドーシスの代表的なものとしては、
免疫グロブリン性アミロイドーシス(ALアミロイドーシス)
続発性/反応性のアミロイドーシス(AAアミロイドーシス)
(AAアミロイドーシスは、慢性炎症や慢性感染症などの基礎疾患によって肝臓で過剰に
産生される「血清アミロイドA(Serum Amyloid A, SAA)」というタンパク質がアミ
ロイド繊維として沈着することによって引き起こされます。
関連疾患: リウマチ性疾患(特に関節リウマチ)、クローン病、結核など、慢性炎症を
伴う疾患と関連。
特徴: 主に腎臓(腎不全が主な合併症)や肝臓、消化管にアミロイドが沈着する。
AAアミロイドーシスの原因となるアミロイドは、主に「血清アミロイドA
(Serum Amyloid A, SAA)」というタンパク質から形成されます。
このSAAは、慢性炎症や感染症などの刺激によって肝臓で過剰に産生される
急性期反応タンパクの一種です。)
透析アミロイドーシス
遺伝性トランスサイレチンアミロイドーシス(ATTRv)、
野生型トランスサイレチンアミロイドーシス(ATTRwt)などがある。
これらのうち、ALアミロイドーシス、ATTRv、ATTRwtの3者は指定難病となっており、
医療費の補助が受けられる対象疾患となっている。
上記のうちALアミロイドーシスでは、5割程度に心アミロイドーシスを生じるのに対し、
AAアミロイドーシスでは5%程度に留まります。
3) なぜ「異常折りたたみ」が起きるのか?
異常な折りたたみが発生する理由には、以下のようなものがあります。
・遺伝子変異:
特定のタンパク質の遺伝子に変異があると、正しい立体構造を形成できなくなる場合
があります。
例: 遺伝性ATTRアミロイドーシス。
・環境要因やストレス:
高齢化や病気などによる細胞内環境の変化(pHの変動、酸化ストレスなど)
・タンパク質の過剰産生:
タンパク質が大量に作られると、フォールディングのエラーが起こりやすくなります。
(ALアミロイドーシスで見られる)
・加齢:
加齢に伴い、細胞がタンパク質の品質管理(シャペロンなど)を効率よく行えなくなり
ます。
なお、シャペロンはタンパク質が正常に機能するために欠かせない「品質管理者」の
ような存在です。このシステムが崩れると、心アミロイドーシスや神経変性疾患といった
様々な病気が発生します。
現在、シャペロンの機能を調節することで、疾患を治療する方法が研究されています。
4) トランスサイレチン関連アミロイドーシス(associated with transthyretin、ATTR)の
うちTTRの変異による場合variant ATTR(ATTRv)は心筋伝導障害を含めると、生涯の
内ほぼ全ての患者で心病変を来すとされる。
野生型トランスサイレチン心アミロイドーシスwild type transthyretin(ATTRwt)は、
80歳以上の高齢者では、心内膜への少量のTTR沈着を含めると50〜80%の患者に沈着を
認めるとされる。
このうち、心不全を来すような心機能障害を来す患者数は、ごく僅かと考えられる。
理由は不明であるが、患者は男性が多く男女比は20〜50:1とされ、70歳未満での発症は
稀で、手根管症候群が心病変に先行することが多い。
本邦では、女性の比率はこれより高い。(男性81-82%)
心不全を有するALアミロイドーシスは、無治療での平均生命予後は6カ月とされるのに
対し、non-AL(ATTR、AA、A apoA1、AANP)では生命予後は良好である。
5) ALアミロイドーシスの問診では、全身衰弱、体重減少、貧血、浮腫、胸痛、胃腸障害、
特に頑固な下痢、紫斑の出現などがないか聴取する。
AL心アミロイドーシスでは、急性進行性の心不全症状が特徴的である。
身体所見としては、巨舌、斑状皮下出血、顎下腺腫大、爪の萎縮、全頭脱毛、肩パッド
兆候(shoulder-pad sign)が特徴的である。
肝腫大、脾腫、リンパ節腫大、関節腫大、多発性ニューロパチー、手根管症候群、皮膚の
強皮症様肥厚、結節がみられることがある。
ALアミロイドーシスは、ネフローゼ症候群で発見されることが多い。
心アミロイドーシスを呈する患者では通常、息切れ、四肢のむくみなどの心不全症状を
来すことが多い。
稀に、狭心症症状、前失神、失神、腎不全などの症状を認めることもある。
狭心症症状を持つ患者では、冠動脈末梢で細動脈レベルのアミロイド沈着を認める。
他に刺激伝導系障害、血栓塞栓症、小血管疾患などを来すことがある。
心房障害が強い患者では、洞調律でも血栓塞栓症を生ずることがあり、このような患者
では抗凝固療法が必要である。
他に、ALアミロイドーシスでは食欲不振、体重減少などを来すこともある。
6) ATTRvアミロイドーシスでは、集積地域では常染色体優性遺伝様式をとるため、家族歴の
聴取が必要である。
世代を重ねるにつれて、発症年齢が若くなる(anticipation)現象が知られている。
発症は緩徐で、経過は漸次進行性である。
家族歴がはっきりしない、高齢発症型も存在する。
分布は全国に散在し、症状の進行は速いことがある。
感覚障害は、通常左右対称に下肢または上肢から始まり、温度覚、痛覚が早期にかつ強く
侵され(解離性感覚障害)、振動覚、位置覚は進行期に侵される。
運動障害は通常感覚障害より遅れて出現することが多い。
筋萎縮、筋力低下が下肢または上肢末端から始まる。
自律神経系の障害(陰萎、激しい胃腸症状、起立性低血圧、膀胱障害、皮膚症状)、
心障害(伝導障害、心不全)が特徴的である。
瞳孔の不整、対光反射の消失は高頻度に認められ、硝子体混濁が確認された際は強く
本症を疑う。
ATTRwtアミロイドーシスでは60歳以上の男性が多く、心房細動などの不整脈、心不全、
手根管症候群が特徴的である。その他の臓器障害は臨床的に問題とならないことが多い。
7) 心アミロイドーシスが疑われる場合
・心不全の有無に関わらず、原因不明の左室肥大がある場合
・心不全および原因不明の左室肥大のある患者
心不全患者では先ず心エコー検査を行いますが、その時に心肥大を認めたら心アミロイ
ドーシスを疑います。
・失神に近い症状、失神、狭心症で心エコー検査で心肥大を認めるも、心臓の症状がない
場合 (心エコー検査は心肥大を特定するのに便利です。)
・低血流で圧格差が低い大動脈弁狭窄の存在
・一般的に高齢者でALおよびATTRアミロイドーシスでは、原因不明の心不全の発症前から
両側手根管症候群の症状があります。
8) 心不全:
ALアミロイドーシスでは、心不全発症後の無治療平均生存期間は6カ月前後である。
比較的急速進行性で、治療抵抗性のことが多い。
ATTRアミロイドーシスでも心不全を呈する。
ATTRvアミロイドーシスでは末梢神経障害による歩行障害のため、運動負荷がかけにくく
心不全症状に気がつきにくいことがある。
9) 失神や突然死:
いずれのタイプのアミロイドーシスでも失神や突然死を来し得るが、特にALアミロイドー
シスで頻度が高い。
ALアミロイドーシスに対する植込み型除細動器は、無効との見解が多い。
原因は心静止、電気機械乖離(electromechanical dissociation)が多い。
10) 伝導系疾患:
ATTRvの集積地タイプでは、刺激伝導系が選択的に侵されることが多く、左室肥大がない
家系が存在する。心エコー上で心病変が明らかではなく、失神で発症することがある。
集積地タイプのATTRvでは、早めのペースメーカー植込みが考慮されることがある。
ATTRwtでは房室伝導障害に対し、ペースメーカー適応例では積極的に植込みがなされる
べきである。
11) 心膜疾患:
心不全進行例では、心嚢液貯留を来すことがある。
ALアミロイドーシスでは、心嚢液の持続的貯留は予後不良の予測因子である。
12) 血栓塞栓症や脳卒中:
拡張障害が強く、心房機能が低下している症例では洞調律でも左房内血栓ができ、血栓
塞栓症を起こすことがある。
上記の様な症例では、洞調律でも抗凝固療法が考慮されるべきである。
経胸壁心エコーによる僧帽弁血流A波が20cm/秒未満、経食道心エコーで左心耳血流速が
40cm/秒未満の症例では、洞調律でも抗凝固療法が適応となる。
心房細動例では、血栓塞栓症のリスクはより高くなる。
ALアミロイドーシスの方が、ATTRアミロイドーシスよりも血栓塞栓症のリスクが高い。
13) 小血管疾患:
小血管へのアミロイド沈着は、全身的に生じ得る。
冠動脈の細動脈レベルへのアミロイド沈着は、狭心症の原因となり得る。
(microvascularangina)
14) ポイント:
12誘導心電図における四肢誘導の低電位、軸の異常、胸部誘導におけるpoor
Rprogressionが特徴的である。
特に前胸部誘導のQSパターン(偽前壁心筋梗塞パターン)は、アミロイドの心筋浸潤
の検出に最も鋭敏な所見である。
これらの所見はALアミロイドーシスに多く、ATTRアミロイドーシスでは頻度が低い。
心筋に真の肥大を来す疾患(高血圧、肥大型心筋症、大動脈弁狭窄症)では、R波の増高
やST変化がみられるため、鑑別に重要な検査である。
心臓超音波検査では、左室、右室壁肥厚、左室内腔は正常もしくは狭小化し、左室駆出率
は正常ないしは若干低下する程度に留まり、収縮性が保たれた心不全(HFpEF)を呈
する。
心電図:
低電位軸の異常
胸部誘導におけるpoor R progression(偽前壁心筋梗塞パターン)
心エコー検査の所見とその評価方法:
求心性左室肥大(心室中隔厚/左室後壁厚)<1.3
ただし、ATTRwtでは>1.3の症例が存在する。
右室肥大
房室弁の肥厚
心房、心房中隔の肥厚
granular sparkling signは、他の心筋疾患でも認められ、特異度に乏しい。
僧帽弁血流の拘束性障害パターン
肺静脈血流のS/D比の低下
左房内血栓、もやもやエコー
E/e’の高値。左室肥大を来す他疾患に比べ、高値を示す。
左室global longitudinal strain低値と、apical sparing[左室心尖部の収縮
(longitudinalstrain)が保たれる]の特徴的パターン。
15) アミロイドーシスのタイプに基づく予後
ポイント:
アミロイドーシスはタイプにより、その予後は大きく異なる。
AL心アミロイドーシス:
心不全発症後、無治療での平均生命予後は約6カ月である。
心不全、心病変で発見されるALアミロイドーシスの救命は困難であることが多い。
エコー指標やMRI遅延造影による沈着の程度から、患者予後の推定が可能である。
ATTR 心アミロイドーシス:
TTR variantV30Mは日本で一番多いタイプであるが、生命予後は良く、天寿をす全うする
症例もある。
T60A変異は心不全症状が強く、心臓死を来す症例が多い。
Wild-type TTRは心不全症状出現後、無治療での平均余命は5年である。
16) 心アミロイドーシスに対する治療は、特にALアミロイドーシスの場合、通常の心不全
治療薬使用が困難な場合があり、注意が必要である。
まとめ:
ALアミロイドーシスにおいてCa拮抗薬は、しばしば有意な陰性変力作用を来すため禁忌
である。ジゴキシンは、アミロイド線維に強力に結合するため、ジギタリス中毒を生ずる
リスクが高くなる。
ALアミロイドーシスの治療には、心臓に関連した症状の治療と、原疾患の治療に分けら
れる。
心不全治療の中心は利尿薬の使用になる。
ネフローゼ症候群による低アルブミン血症は、予想外に大量の利尿薬を必要とする。
全身浮腫を来している患者では、消化管からの薬剤の吸収が低下しているため、静脈内
投与が必要となることが多い。
治療抵抗性の大量胸水は、胸膜アミロイドーシスの存在を示唆する。
ACE阻害薬やARBは少量でも低血圧を起こすため、使用が困難である。
β遮断薬の生命予後に対する効果はデータがない。
Ca拮抗薬はALアミロイドーシスでは禁忌である。
ジゴキシンは陽性変力作用を期待した使用はあまり意味がない。
抗凝固療法は心房細動を示す患者では必須で、心房機能低下例でも必要となることが
ある。
心不全の治療:
治療の中心は利尿薬の使用
全身浮腫を伴うような患者では、利尿薬の静脈内投与が必要(消化管浮腫による消化管
からの薬物吸収が障害されていることがある。)
一般的な心不全治療薬であるアンギオテンシン変換酵素阻害薬や、アンギオテンシン
受容体阻害薬は少量でも低血圧を引き起こすため、実際の使用は困難である。
自律神経障害のため、血圧を保つためにレニン・アンギオテンシン・アルドステロン系が
亢進し、血圧を維持しているためと考えられている。
β遮断薬に関してはデータがない。心不全、低血圧のため使用は困難である。
Ca拮抗薬はALアミロイドーシスでは禁忌である。(アミロイド線維と結合し、強い
negative inotrophic effectを生ずる。)
硝酸薬は無効
ジギタリスは無効
アミロイド線維に強く結合するため、ジギタリス中毒を起こしやすい。
私見)
いつもと違った心疾患や消化器所見では、アミロイドーシスを疑うようにします。
一部画像と文献を拝借してしまいました。大変申し訳ありません。
※参考文献
胃と腸 第58巻 第4号 2023年4月・増大号
胃と腸 第59巻 第2号 2024年2月
胃と腸 第57巻 第12号 2022年11月
胃と腸 第59巻 第4号 2024年4月・増大号
胃と腸 第49巻 第3号 2014年3月
胃と腸 第38巻 第4号 2003年増刊号
1 心アミロイドーシス 文献集.pdf2 消化器 アミロイドーシス.pdf3 文献 胃と腸.pdf