2016年07月11日

プロフェッショナルになりたい

プロフェッショナルになりたい


        
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 巨人ファンなら誰でも覚えているワンシーンがあります。
’72年の阪急との日本シリーズ第4回戦、巨人が3対1でリードしていた9回の裏、阪急の攻撃は無死1,2塁の絶好のチャンスでした。解説者もここはバントと予測していました。しかし、巨人の守備体制はバントシフトではありませんでした。
 解説者は、1点は覚悟での守備体制と解説していました。阪急の西本監督はバントでなく、強行策を執りました。ライナー性の当たりは遊撃手の黒江のグラブに吸い込まれ、予め二塁近くにいたセカンドの土井に送球、飛び出していた二塁走者は併殺となってしまいました。『悲運の西本監督』 との新聞報道がありました。
 一方、“あれはセオリー通りにバントだった” として、西本監督の策を非難する論調が多かったように記憶しています。しかし、もしあのライナーがほんの少し黒江の脇にそれていたら、大量点に繋がっただろうと想像すると、巨人ファンの皆が、ホッとしたと思っています。
 その後日本シリーズ全体の流れは一気に巨人となりました。ワンプレイが日本シリーズ全体に影響したと、今でも私は思っています。

 最近BS番組でこのシーンについて、巨人の捕手の森が述懐していました。
マウンドに駆け寄った森は、黒江と土井と3人で話し合ったとの事です。西本監督は絶対に強行策でくる。ここは併殺狙いで行こうと、3人の意見が一致したとの事です。この時ベンチの川上監督は、全てを選手に任せたそうです。
 後日、川上監督は 「自分の目指していた野球が、この時達成できたと感じた。」 と言っています。
管理野球という奥の深さを知りました。

 西本監督も、巨人の森、黒江、土井も一瞬の判断にプロのプライドを賭けたのだと思います。
 
            “一瞬の判断に磨きをかけて精進する”

私もそういうプロフェッショナルを目指したいものです。

 昨今、薬の特集をしている週刊誌があると患者さんに教えてもらいました。
薄っぺらな正義感で、実際売れればいいと思っている輩の週刊誌を、私は買って読もうとも思いません。
 薬に関する疑問やご質問は、直接、私かスタッフにお話し下さい。


V9巨人の内野の要であり続けた土井正三 _ 週刊ベースボールONLINE.pdf


posted by 斎賀一 at 20:58| Comment(0) | 日記

2016年05月06日

アリと萩原朔太郎

アリと萩原朔太郎

「働かないアリに意義がある」を読んで


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 萩原朔太郎は、近代詩の父と言われています。高校の教科書にも載っていたのを記憶しています。
彼は前橋の開業医の長男として生まれています。青年期に詩歌に耽り、学業を疎かにして落第を繰り返していました。そんな彼に、父は縁側に連れてきて説教をしたとの事です。「よく見ろ。こんな小さなアリですら、一生懸命に働いているではないか。お前はそれ以下だ。」
その時、朔太郎はあるものと決別して、詩歌の世界に進む決心をしたそうです。

 私も子供の頃は、アリを見ると食べ残しのキャラメルを地面に置いて、アリの来るのを面白く観ていました。その後、朔太郎の伝記を読んでからは、アリを見ると何時も彼とアリの事を思い出します。

 彼の名作の「純情小曲集」の序文を引用してみます。


 昨年の春、この詩集の稿をまとめてから、まる一年たつた今日、漸く出版する運びになつた。この一年の間に、私は住み慣れた郷土を去つて、東京に移つてきたのである。そこで偶然にもこの詩集が、私の出郷の記念として、意味深く出版されることになつた。
郷土! いま遠く郷土を望景すれば、萬感胸に迫つてくる。かなしき郷土よ。人人は私に情(つれ)なくして、いつも白い眼でにらんでゐた。單に私が無職であり、もしくは變人であるといふ理由をもつて、あはれな詩人を嘲辱し、私の背後(うしろ)から唾(つばき)をかけた。「あすこに白痴(ばか)が歩いて行く。」さう言つて人人が舌を出した。
少年の時から、この長い時日の間、私は環境の中に忍んでゐた。さうして世と人と自然を憎み、いつさいに叛いて行かうとする、卓拔なる超俗思想と、叛逆を好む烈しい思惟とが、いつしか私の心の隅に、鼠のやうに巣を食つていつた。
いかんぞ いかんぞ思惟をかへさん人の怒のさびしさを、今こそ私は知るのである。さうして故郷の家をのがれ、ひとり都會の陸橋を渡つて行くとき、涙がゆゑ知らず流れてきた。えんえんたる鐵路の涯へ、汽車が走つて行くのである。
郷土! 私のなつかしい山河へ、この貧しい望景詩集を贈りたい。


 父親からアリ以下と言われた朔太郎に奇妙な詩があります。


         蟻地獄

         ありぢごくは蟻をとらへんとて
         おとし穴の底にひそみかくれぬ
         ありぢごくの貪婪(たんらん)の瞳(ひとみ)に
         かげろふはちらりちらりと燃えてあさましや。
         ほろほろと砂のくづれ落つるひびきに
         ありぢごくはおどろきて隱れ家をはしりいづれば
         なにかしらねどうす紅く長きものが走りて居たりき。
         ありぢごくの黒い手脚に
         かんかんと日の照りつける夏の日のまつぴるま
         あるかなきかの蟲けらの落す涙は
         草の葉のうへに光りて消えゆけり。
         あとかたもなく消えゆけり。


 アリは朔太郎の父親でしょうか、世間一般の彼を馬鹿にした人々でしょうか、それとも彼自身でしょうか。
もし彼自身と彼の父親としたら、アリをどう見ていたかと考えると切なくなります。更に、いったい蟻地獄は誰でしょう。

アリには、何時も働いているアリといざと言う時に働くアリと、一生働かないアリが居るそうです。

 息子が進路を迷っていた時、朔太郎とアリの話をしたことがあります。
それを覚えているか、またそれを話して良かったか悪かったかも分かりません。

 最後に何時も私のブログを見て頂いて有難うございます。
多分、経営者として、このアリの本を読んでどう思ったのか、疑問に思われるでしょう。
私はこう感じました。
 所詮、人はアリ以下でもそれ以上でもありません。
しかし、本院は継続していかなくてはなりません。場合により進化も必要でしょう。本院の全員がそれを自覚しています。働いていても、待機していても我々全員がアリなのです。(アリがたい事に本院では一生働かないと決め込んでいる職員はおりません。)
 もちろん私はアリの巣から出ていく事は出来ません。
しかも、暗い巣の中で一生、交尾だけをする女王アリやオスのアリよりも、働きアリの人生?を選びます。





posted by 斎賀一 at 19:46| Comment(1) | 日記

2016年01月04日

看護学生の皆さんへ、新年のご挨拶

看護学生の皆さんへ、新年のご挨拶


0104.PNG     本院より


 暮れのNHK番組で、上方落語の桂米朝の話が放映されていました。
彼が落語界に弟子入りした戦後の時代は、上方落語は衰退の一途の時で、周りから反対されていたそうです。そんな上方落語を復興したのが彼であるのは勿論ですが、その後、隆盛を誇るようになり、彼に弟子入りする若者が後を絶たなかったそうです。「弟子入りした瞬間に、親御さんは何か就職が決まったように喜ばれるのが辛かった。10年たっても物になるか分からないですからね。」

 私の好きな作家に山本周五郎がいます。彼の伝記を読んだことがあります。
幼少より貧困の辛苦を味わい、教育も受けさせてもらえないままに成人し、作家になっています。彼の作風に、市井の人を主人公にしたのが多いのはそのためだと言われています。
 伝記によると彼は学歴詐称をしています。その艱難の延長線に大作家の彼がいます。(いくつになっても学歴を自慢する人がいますが、滑稽だと思っています。 チベットの話:本当も偽りも死んでしまえば土饅頭)

 昔、周五郎の作品のファンである横浜市長が彼と宴席を設けたそうです。その席で市長が「私はもともと政治家には成りたくなかったのです。」といったそうです。周五郎は、その場で横になり狸寝入りをしてしまいました。しかたなく、市長はそそくさと退席したそうです。
 後日、周五郎は側近に「誰もその職業に向いていると思ったり、成りたくてなってはいね〜。」と言ったそうです。

 私は高校3年生時に、医学部を受験することを担任に話しました。「お前が受かるなら皆が受かってしまう。」が返事でした。相当、時間をかけて帰宅したことを覚えています。私は今までに自分が医師に向いているかなど考えたこともありません。

 最近のたけしの、あのアンチテーゼのコマーシャルは嫌いです。
看護師になろうと思ったことが素晴らしい事なのです。
歩き始めた以上、自分の人生に甘える事はやめましょう。



posted by 斎賀一 at 19:57| Comment(1) | 日記