2021年09月02日

闘い続けた内橋克人先生

闘い続けた内橋克人先生



0902.PNG
        


 内橋克人先生に師事して三十有余年が過ぎました。
先生が講演で四国に行かれた時、先生を知らない旅館の女将が先生の顔を見ただけで
「あなたは自分に厳しく、人にも厳しい方です」と見抜かれたとの事です。
その事が大変お気に入りの様で、嬉しそうに語られていました。
私はと言えば、「自分に優しいので、できるだけ人にも優しく」がモットーです。
私が、「先生の国民に対する優しい眼差しには心が打たれます。」とお話ししますと、「国民を信用しては
なりません。」との意外な言葉が返ってきました。
訝る私に先生の奥様が、「主人は可哀そうな人や、虐げられた人に対して、心底同情し夜中まで一人泣いているのです」と打ち明けられました。

私の尊敬するある病院長が、失意のうちに地元を離れるとき、私に一言を賜りたいとお話しすると、
「患者を差別しないことです。私はそれを続けてきました。」とお話しくださいました。

以前、内橋先生に愛読書をお聞きした時、「蟹工船です」と教えてもらいました。
内橋先生は虐げられた人、そして、その社会に対し最期まで闘い続けた評論家でした。
「人生のぎりぎりの一言は何ですか」とぶしつけに先生に問うことが夢でしたが、残念ながら
それは叶わない事となりました。
もう一度、先生の書物から自分で見つけなければならないようです。






posted by 斎賀一 at 11:23| Comment(1) | 日記

2021年05月10日

「シクラメンのかほり」に秘めた嘘

「シクラメンのかほり」に秘めた嘘
  
    〜男の挽歌〜


30510.PNG


       

 先日のNHK番組「日本のお名前」で、“シクラメンのかほり”にまつわる嘘を小椋佳が告白していました。
歌詞は北原白秋の詩からパクったそうです。シクラメンには香りがなく、うす紫のシクラメンは存在しない
ことも織り込み済みの嘘との事です。
「かほり」は香りでなく、奥さんの名前だということはよく知られた事実です。
しかし、結果的には小椋佳がNHK番組で、またも嘘をついたことになります。
 私は女性に嘘をつかれたことはないので分かりませんが、噓つきの私は男の嘘が見抜けます。
歌詞の基調はともかくとして、紛れもなく小椋佳そのものの心象風景です。
しかも奥さんに恋心抱いた時の歌との事ですが、愛妻家の私でも真っ赤な嘘と見抜けます。
悲恋を愛する日本人にとって、この曲はメロディーと相まってヒットになりました。
布施明の澄んだ歌声からは、当然ながら悲しい恋歌となります。しかし番組で歌う小椋佳からは、男の
挽歌としか聞こえませんでした。

 今日は穏やかな風が吹いていました。
養老川の土手をジョギングしていると、川風に吹かれながら一人の老人が土手の小道の隅にしゃがんでいます。通りすがりにチラッと見ると、傍に老犬も寄り添うようにいます。
目と目が会った時、シクラメンのかほりのメロディーが浮かんできました。


  
       「疲れてしまった老人の様に、時は私を追い越さないでいる。
        呼び戻すことができるなら、僕にはいまさら何ができるだろう。
        季節が頬をぬらして過ぎてゆきました。」




 コロナが収束したら、小椋佳の様に養老川の土手にしゃがんでシクラメンのかほりを口ずさみたいです。












posted by 斎賀一 at 21:02| Comment(1) | 日記

2020年08月26日

原子物理学者・荒勝文策

原子物理学者・荒勝文策
 
コロナ時代に添えて
  


20826.PNG


       

 NHKスペシャルで、戦時中の国策に翻弄された原子物理学者、荒勝文策氏の番組がありました。
人は言葉といいますが、感銘を受けた文言がありましたのでブログにしまっておきます。


・「今は暗い研究室の中だが、これを探求しているとやがて真理が読み解かれて、その先に明るい光が見えてくると信じていました。」


 やはりNHKスペシャルの「エボラからの生還」で医療関係者がエボラと戦う中で、皆が成長していくのを経験した指導者の言葉を思い出します。
「誰かの人生に変化をもたらす事こそ最大の奇跡だと思います。人生に意義を与える事が、僕らの存在理由だからです。」

・荒勝の晩年は書道とランの栽培が趣味でした。
 一番好んで書いたのが「行得一」でした。何かを行えばささやかながら一つのものが得られると、謙虚な内容だと私は理解しました。

 今回のコロナで、職員の皆が影になり日向になりそれぞれが頑張っています。
公的機関からもそれなりのお金が医療従事者に支給されます。
私の妻が、本院からもそれなりに別途支給したらとの提案がありました。
その時私は、はっと気づいたのです。
荒勝の掛軸の字は、行と得が見分けがつかないくらいの崩し字でした。
まるで行と得は同一のものだと言っているかのようです。行動することがすなわち自分にとって知らず知らずのうちに何かを得ている。ましてや何かをして一万円を得るなんて解釈は、遠い彼方の話なのです。



そんなわけで職員の皆さん、本当にご苦労さん。








posted by 斎賀一 at 19:12| Comment(1) | 日記