2019年02月21日

著作権法の改正案が文化庁で検討

著作権法の改正案が文化庁で検討

〜みうらじゅんの言葉を借りて〜



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 先日朝日新聞に、文化庁で国会に提出するための条文の作成が始まったとの記事が載っていました。

対象は
 「作品がそのまま一定のまとまりとしてダウンロードする場合」
 「反復継続する行為」 としています。

それに対するコメントとして
 ・網をかければ萎縮が伴う。
 ・本当に買ってもらうと言う流れが遮断する。
 ・出版文化や収益構造はどうあるべきかを広く考えるべきである。

私のブログでの弁解
 ・医療の共有財産としての論文の価値
 ・元文献や書籍を直接購入したくなると言った広告的な意義

今後も節度あるダウンロードを試みます。
関係会社の皆さん、ご理解の程よろしくお願いいたします。


私がブログを書いている意味を、敬愛する尊師「みうらじゅん」の言葉を借りて説明します。

「隙間ブログ」「自分じゃなくても理想の自分を盛ればいい」
「比較してはいけない比較三原則、周りの医者、過去の自分、親」

「仕事に飽きた時は自分を追い込む。高い買い物をする。何百万もするやつですよ。可変式大腸ファイバー。業者が市原にはまだないですとの言葉が決め手です。なんて馬鹿な買い物をしてしまったんだろう。職員がそんなものを買うんならボーナスをあげろとか、小ナスをよこせとか、そんな状況に自分をおいやるんですよ。危険な状態に一度入り込むんですよ。」

「井上陽水の歌ではないのですが、真実はなんですか、難しいものですか、まだまだ探すんですか、それよりブログを書いて楽しみましょう。」

「人生の最後のために自分の走馬灯を作るんですよ。本当でない自分の映像を作って盛り込むんです。最後にそれを棺桶のなかから眺めるんです。自分が望んだ自分でない自分、栄光の架け橋、葬儀の時に号泣している家族、葬儀場に入れない位の長蛇の列の患者さん、私が死んでから初めて知った僕のブログ、私の後ろ姿を思い出して子供たちが感謝する、嘘でもいいからそんな写真を走馬灯に盛り込むんですよ。」








著作権侵害のダウンロード全面違法化 (2).pdf











posted by 斎賀一 at 13:54| Comment(1) | 日記

2019年01月21日

勇者はなぜ、逃げ切れなかったのか

勇者はなぜ、逃げ切れなかったのか

田所 真氏に感謝をこめて



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 毎日新聞(1月19日)より、
「岩手県大槌町旧役場庁舎の本格的な解体工事が1月19日から始まった。
東日本大震災の津波により当時の町長や、多くの職員が犠牲になった建物で、工事差し止めを求める
住民訴訟の訴えが2日前に退けられたばかり。18日に着工予定だったが、強風で延期されていた。」 

テレビで、東日本大震災の報道があるたびに私はチャンネルを変えてしまいます。
自分の弱い負の面があるからと思います。旧役場の解体に賛成する人にも、複雑な思いがあると
察しられます。

前文化センター所長で、現市原市立中央図書館館長補佐の田所真氏の著書、
「勇者はなぜ逃げ切れなかったのか」は示唆に富む内容です。


内容を抜粋してご紹介しますと、


 1) 貝塚とは、縄文時代の人たちが貝殻などのごみを捨てた跡です。従って貝塚を調べれば、
    その近くに遺跡も見つかります。貝塚遺跡と呼ばれています。
    縄文人の中には、狩りから海の幸を求めて山から海の近くに住む人も多くなりました。
    その頃から定住がはじまったと考えられています。
    しかし、貝塚遺跡は海の近くにはなく、其れよりも高台に発見されています。
    岩手県陸前高田市の丘の上で、堂の前貝塚が発見されました。
    海と山のちょうど中間くらいです。東北地方の貝塚遺跡は、今回の震災の大津波が到達した
    高さより少し上にあったというたくさんの事実から、生活の便宜性よりも、命にかかわる掟を
    重視し、「集落は高台につくり、決して海辺には住んではいけない」という事も
    受け継がれていたようです。

 2) 今回の震災の復興工事の際に、多くの貝塚が発見されました。
    工事の遅延に繋がりかねませんが、この貝塚遺跡の調査に多くの住民が参加し、
    優先して先人の教えに耳を傾けたとのことです。

 3) 今から1500年前の群馬県榛名山の大爆発で、降り積もる火山灰に埋もれて命を落とした
    「よろい姿の人」が最近発見されました。なぜ、よろいの勇者が噴火から逃げる事が
    出来なかったか、勇者の自然に対する畏怖と、祈りと、神への許しの心がその理由と
    著者は解釈しています。この事がこの本のタイトルにもなっています。

 4) 今から1100年前の陸奥の国で大地震が起きました。貞観地震と呼ばれています。
    地方の要衝として多賀城は発展しました。しかし、この地震で国府のこの町も当時壊滅的被害
    を受けています。近代となり多賀城の町も防災、減災も施されていましたが、それを上回る
    今回の大震災でした。

 5) 土石流で家族を亡くしたある校長先生の、家族に対する墓石とも思われる碑の話は、
    悲しみを乗り越えて語り継がなくてはという気持ちが感動的です。



私見)
 これ以上内容を記載しますと、著作権の侵害となりますのでこの辺といたします。語り継がなくては
いけない内容です。そのため本著書は、小学生の高学年にも分かりやすいように配慮がされています。
是非購買して家族で読んでください。(くもん出版から出ています。)



追伸)
 3月まで、市原市立中央図書館にて原田琴子(斎賀琴子)の展示会が催されています。
 田所真氏には大変なご尽力をしていただきました。
 誠実に生きるとはどういう事かを、この年になり教えていただいた田所さんに改めて深謝いたします。



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櫟原 原田琴子の手紙.pdf






posted by 斎賀一 at 20:46| Comment(1) | 日記

2018年11月06日

誰にも理解されない私の変な趣味

誰にも理解されない私の変な趣味
 
〜村田真野先生への感謝をこめて〜




 私が医者になって何時のころからかは覚えていませんが、文献や書籍を読んで疑問に思うと、直接執筆者に誰彼構わず電話を掛ける癖がありました。その結果は殆どが叱責されるか罵倒される事になるのですが、それが一層拍車をかけて、とうとう趣味の領域になってしまいました。
その話をすると一晩中になってしまいますが、紙面の都合にて2〜3件だけご紹介します。


1) 数十年前に、突然ある帝国大学の学長にお電話しました。運良く秘書の方が取り次いでくださって 
   お話が出来ましたが、のっけからその学長はお怒りで、質問の内容を聞いて頂く事も出来ず終始
   まくし立てていました。
   「俺は今から京都国際会議場に出席するためタクシーを呼んで待たせているんだ。何だ貴様は。」
   それから只々罵倒され続けましたが、私も申し訳ないと思い「タクシーがお待ちではありませんか。」
   と申しますと「ふざけんな!」の声と共に電話機が壊れんばかりの音がして切れました。

2) 皇室ご用達の病院の皮膚科部長先生にお電話した時も「貴様、何を考えているんだ。」と、最初から
   高圧的なお話しぶりでした。「いや、先生の御著書を拝読し、疑問を持ちましてお電話しています。」
   「馬鹿野郎!」この時は、あっという間のお怒りで終わりとなりました。

3) 高名な国立大学の教授にお電話した時は、最初からヒソヒソ話で始まりました。「いま教授会をして
   いるんですよ。何なんですか。質問ですって? 一体あんたは誰なんですか。初めてだって!?
   冗談を言うな。何、声が大きすぎますって。」最後は我を取り戻されて、低い声で「君は非常識だ!」
   この先生が今までで一番紳士的でした。

 御著明な先生に怒鳴られれば、尚更私の趣味は止みません。
そんな中、意外にも親切に書籍や資料を送ってくださった先生方も極めて稀にいらっしゃいました。
以前の国立がんセンター総長の土屋了介先生、埼玉医大の片山茂祐先生及び医局員の方には、地獄で仏のようなご教示をいただきました。
またいつか、そのような感動的な出会いを求めて私の趣味は続きます。


 何とそんな折に、逆の体で私のブログを当の論文の著者の村田真野先生がご覧になられてコメントを頂きました。本当にありがとうございました。
本ブログは内々の物ですが、今後も身の丈に合った内容を発信したいと思います。
 最後に、今韓国では革新の嵐が吹いています。南北融和のムードの中で、脱北者に対する風当たりは手の平を返したように韓国内でひどくなっているようです。
そんな中、脱北者の漫画家のチェ・ソングス氏は、脱北者の惨状を漫画で発信しています。

「私には誰にもない能力がある。それは漫画と言う武器だ。それを使って私は逃げる事をしない。」

立派な人は輝く言葉を持っています。そんな言葉を心にしまって... お休みなさい。








posted by 斎賀一 at 21:51| Comment(2) | 日記