2023年04月07日

腫瘍関連遺伝子の変異とピロリ菌感染

腫瘍関連遺伝子の変異とピロリ菌感染

Helicobacter pylori, Homologous-Recombination Genes,
and Gastric Cancer
[N Engl J Med 2023;388:1181-90.]



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 細胞の核の中のDNAに、遺伝子情報が詰まっています。
DNAは2本鎖で、一方が誤差を生じたら他方が修復する関係です。
細胞分裂する時点で絡まったDNAが全員集合の合図のもとに、整然と23対の塊になるのが
染色体です。
染色体には常染色体(母方と父方の2本の対の染色体;相同遺伝子)と、性染色体
(生殖系列遺伝子)があります。
生殖系列遺伝子にバリアント(変異とはやや異なるようですが)が生じますと、それは遺伝する
ことになり、種にとって有利に働きますが、時に不利益にもなります。
体細胞の相同遺伝子は、細胞分裂する際に相同組み換えを行います。
その際、誤差が生じたとき修復するのが、相同組み換え修復機能です。
相同組み換え修復機能のバリアントが生じますと、癌化に繋がります。
この病的バリアントは、色々な癌疾患に同定されています。
今回、日本発の論文が出ましたのでブログします。


1) 日本の統計機構のBBJとHERPACCより胃がん患者と非胃がん患者を登録し、胃がんに
   おける病的バリアントを調べました。
   生殖系列遺伝子に合計9個の遺伝子(APC、ATM、BRCA1、BRCA2、CDH1、MLH1、
   MSH2、MSH6、PALB2)が胃がんのリスクに関連していました。
   特にCDH1は胃がんの遺伝性が強いとされており、事前に胃切除を勧められます。
   その他の上記の病的バリアントも、遺伝子の修復にミスマッチを生ずるために癌化リスク
   が高くなります。下記にそれぞれの病的バリアントのオッズを示します。




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2) 本研究でBBJとHERPACCの機構での病的バリアントの保持者は同じでした。
   しかも病的バリアント保持者と非保持者でのピロリ菌感染率も85%前後で同じです。
   (従って、病的バリアントとピロリ菌との関連性を、両機構とも同等に調べられると
   しています。)
   胃がんリスクに関して、ピロリ菌感染と相同組換え遺伝子の病的バリアントとの間に
   交互作用を認めました。交互作用による相対的過剰リスクは16.01です。
   ピロリ菌感染が、病的バリアントの不安定化を誘発したものと考えられます。





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上の図から相同組み換え遺伝子の病的バリアント(homologous-recombination)が
ピロリ菌感染と合併すると、それぞれ単独よりも明らかにオッズ比が20.25に跳ね上がって
います。






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また上の図から、85歳の時点でピロリ菌感染陽性の病的バリアント保持者は、ピロリ菌感染
陽性の病的バリアント非保持者より胃がんの累積リスクが高いことも判明しています。
  




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胃がん診断時の病的バリアントの頻度を示しますが、全体としては病的バリアント保持者は
非保持者よりも10年若く診断されています。つまり10年早く胃がんを発症しています。
その中でもAPCは18年、CDH1は20.5年、MLHは11.5年早い診断です。
東アジアでピロリ菌感染が少ない国では、BRCA1とBRCA2の保持者でも胃がんの発生が少ない
事と一致する見解です。
家族歴の知られている癌として、乳がん、大腸がん、胃がんがありますが、何れも病的
バリアントが関与しての傾向です。

3) 考察
   ピロリ菌のCagAが胃粘膜の深くに侵入して病的バリアントを刺激し、DNAの修復を傷害
   します。除菌は早い方が胃がんの予防に適していますが、いつまで除菌が有効かは今後の
   研究が待たれます。







私見)
 遺伝子の知識が必要な論文ですが、結論として胃がん、大腸がん、乳がんは家族歴が
 重要で、遺伝子の継承に関与する生殖系列遺伝子の病的バリアントが関係しています。
 胃がんにおいては病的バリアントのある方は、ピロリ菌の感染によりオッズ比が20倍
 にもなります。
 体質とピロリ菌感染単独だけではそれ程心配はないのですが、家族歴に胃がんのある方は
 ピロリ菌の除菌は重要です。
 私のブログでも紹介しましたが、55歳までは除菌が胃がんの予防に効果的と思われますが、
 今回の論文を踏まえて、今後は65歳までは勧める事とします。
 しかし、従来通り基本は胃カメラの定期検査が胃がんの予防には最適だと思っています。
 その他の癌疾患も、家族歴がある方はがん検診を定期的に行ってください。












posted by 斎賀一 at 17:56| Comment(1) | 消化器・PPI