2021年04月30日

ファイザーとモデルナのワクチン 妊婦への安全性について

ファイザーとモデルナのワクチン
妊婦への安全性について
 
Preliminary Findings of mRNA Covid-19 Vaccine Safety
in Pregnant Persons
This article was published on April 21,2021, at NEJM.org



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 ファイザーとモデルナのメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン接種で、妊婦に対する安全性を検討した論文が雑誌NEJMに掲載されています。
CDCがSARS-CoV-2ワクチン接種後の有害事象を追跡するために開発したv-safe after vaccination health checkerサーベイランスシステム(希望者がスマートフォンから登録し、妊娠の
有無や接種後の健康状態を⾃⼰申告する)を用いて調べています。

1) 16〜54歳の妊婦35,691人を対象にしています。
   解析期間は2020年12⽉14⽇〜21年2⽉28⽇です。

2) v-safe妊娠レジストリに登録し、ワクチンを接種した妊婦は3,958例です。
   そのうち分娩が827例で、内訳は⽣児出産が712例(86.1%)、⾃然流産が104例(12.6%)、
   死産が1例(0.1%)、その他の転帰(⼈⼯妊娠中絶および子宮外妊娠)が10例(1.2%)でした。
   ⽣児出産の妊婦の98.3%が、妊娠後期までにmRNAワクチンの1回⽬の接種を受けています。

3) 最も報告頻度が⾼かった妊娠関連有害事象は、⾃然流産(46件)、次いで死産、前期破⽔、
   腟出⾎(各3件)です。
   (結果は下記のグラフをご参照ください。)




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         むしろ妊婦の方が、一般的なワクチン接種の副反応は少ない印象です。





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           中期の誤字がありました。
           ワクチンは、何れの時期にも接種されています。




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   一般的に公表されている妊娠における転帰と、ワクチンによる妊娠における有害事象の発生に差は
   ありませんでした。
   この事から、メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン接種の妊婦に対する安全性に、警告を発する
   ことはないとしています。

4) 考察
   本研究において、初期にはリスクの高い医療従事者の積極的なボランティア参加がありました。
   頭が下がる思いですが、そのため本研究には自ずから制限(limitation)があります。
   明白なコントロールスタディはありません。
   (接種時期と重大な有害事象との関連性もsuppleを見ましたが、記載されていません。)
   また本研究では規模が小さく、新生児の長期予後に対しても今後の研究が待たれます。
   有害事象の中で一番多いのは流産です。
   メッセンジャーRNAワクチン接種により、抗体は胎盤を通して胎児に移行します。
   それが新生児にとっても有益に働くものと考えられますが、流産の因子とならないかは今後の研究
   が待たれます。
   2009年のH1N1インフルエンザの際もワクチン接種後の一番の有害事象は流産でした。
   そしてワクチンによる抗体が胎児に移行していることも証明されています。
   繰り返しますが、今後規模の大きな研究結果が待たれますが、今回は予備的研究と言えども安全性
   に警告を発するほどの事はありませんでした。





私見)
 リスクの高い医療従事者の方には、妊娠の場合にメッセンジャーRNAワクチンの接種を勧める根拠と
 なると思います。しかし一般の妊婦の方には充分な説明が必要となります。
 近い将来、インフルエンザの様に妊婦にはany time 接種が可能と説明できる日が来ると確信して
 います。
 
 本論文の陰に隠れている重要な点は、妊娠してもコロナの最前線で活躍している女性の医療従事者が
 いるということです。しかもワクチンを接種してまで現場から逃避しない、妊娠した医療従事者が多数
 いるという現実です。
 緊急事態宣言で飲食店の休業要請がされました。
 天下の日本医師会長が休日にワクチン接種日を設けて、全国の医師会員に緊急強制事態命令を発令
 したら、私はしぶしぶ手弁当で集団接種会場に駆け付けますが...。
 (歯科医師会の先生方はどんな思いでいるのでしょう!?)









posted by 斎賀一 at 22:08| Comment(2) | 感染症・衛生

2021年04月28日

糸球体ろ過と蛋白尿について

糸球体ろ過と蛋白尿について
 
Insights into Glomerular Filtration and Albuminuria
   n engl j med 384;15 nejm.org April 15, 2021



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 この10年間で、糸球体ろ過に関する知見が進展しています。
(私も単純に糸球体の毛細血管の血管壁の透過性が障害され、蛋白が漏出してしまったのが蛋白尿と
理解していました。一般的な降圧薬のCCBが腎機能を悪化させるのは、糸球体の輸出細動脈を収縮し
糸球体内圧が亢進するためと思っていました。
更に降圧薬のARBは血清Kが亢進してしまうため、腎機能の悪化に繋がるのだと思っていました。)
 糸球体でアルブミンは殆どがろ過されてしまい、その後下流での再吸収があるため、尿にはアルブミン
が出てこない。しかしそのバランスが障害されたり、わずかな透過性の亢進により明らかな蛋白尿と
なります。
また、糸球体の血流は輸入細動脈が握っており、それが拡張すると全身から血液が糸球体に注がれ、
血流のバランスが崩れることにより、糸球体内圧が亢進して蛋白尿に繋がります。


1) 足細胞の障害
   隣り合わせの足細胞の足突起が絡み合って、血管壁を覆っています。
   その足突起と足突起の間は超微細で、slit diaphragmと言います。
   多くの水分と老廃物はこのslit diaphragmを通過しますが、アルブミンや蛋白などの栄養分は
   通過せず血液内に留まります。




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走査電子顕微鏡で隣り合わせの足突起を、青と黄色に色分けして示したのが図Cです。
更に超解像蛍光顕微鏡で示したのが図Dです。それを分子レベルで図解したのが図Eです。
図Eの左が黄色の足突起で、右が青の足突起です。その足突起と足突起の間がslit diaphragmです。
その間隔は40nmです。そこにnephrinが橋渡しをしていて、両方の足細胞のシグナル伝達をして
います。
podocinはnephrinと共同作用してイオンチャネルを司ります。
このpodocinの変異が、腎疾患のステロイド抵抗性に関係してきます。
足細胞のactinが足細胞そのものの骨格を形成していますが、糸球体ろ過の程度をコントロールして
います。足細胞の障害が蛋白尿となります。
足細胞の障害とは、その構成成分の崩壊と単純化を意味します。
その障害は原則的には可逆的ですが、場合により不可逆的変化もあります。
30歳以上では、この足細胞の障害は非可逆的変化で、糸球体の硬化性変化に繋がります。

2) 足細胞の自己免疫
   足細胞に対する自己抗体が膜性腎症を起こし、ネフローゼ症候群となることが証明されています。
   その他遺伝子レベルでも、足細胞のいろいろな構造物の欠損や消失が、糸球体ろ過に影響をして
   いることも調べられています。
   糸球体の内皮細胞の障害も妊娠中毒症の際に証明されています。

3) 糸球体の超微細ろ過の生理
   十数年前までは、糸球体の基底膜がろ過のバリアとして主体的に働き、水分や溶解物は通すが
   アルブミンなどの高分子はろ過されないとされていました。 
   その後の研究で足細胞を傷害すると、蛋白は基底膜を通過して足細胞に取り込まれていることが
   分かりました。
   また別の研究では、基底膜を通過した物質が足細胞のslit diaphragmで通過できなくなって
   いました。この事からslit diaphragmは、選択的バリアの最初の段階と理解されます。
   粗雑なバリアの基底膜と繊細なバリアのslit diaphragmがありますが、基底膜を通過した蛋白
   が、繊細なslit diaphragmでなぜ詰まらないか、未だに論争があります。




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[PGC]血管内圧 [PBS]ボーマン嚢内圧 (piGC)血管内の膠質浸透圧 (piBS)ボーマン嚢内の
膠質浸透圧
血管内圧からボーマン嚢内圧を引いた40に、更に血管内の膠質浸透圧の大体20を引いた20が、
糸球体のろ過の圧力となります。






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(左が健康者、右が腎疾患。下の赤が血管、真ん中の青が基底膜、上の緑が足細胞の足突起と
 slit diaphragmを表します。)

 血管内圧が基底膜を圧迫しています。それを足細胞の足突起が裏から支えている構造です。
 基底膜が高分子の物質の透過性を防いでいます。
 もしも足細胞が傷害されると基底膜を支えられなくなり、slit diaphragmの短縮も生じます。
 slit diaphragmの面積が減少すると水分や低分子の透過性が減じて、腎のろ過率の低下、
 つまりGFRの低下となります。
 一方で足細胞が基底膜を支えられなくなり、基底膜の蛋白など高分子の透過を防げなくなります。
 この事がGFRの低下と蛋白尿の説明です。
  (腎機能のGFRは、腎臓の血液の巡りを単純に示しているのでなく、slit diaphragmの減少に
 よる透過性の低下を意味します。)
 蛋白尿の初期段階でslit diaphragmの短縮が認められています。

 降圧薬のARBやACE阻害薬は輸出動脈の収縮を抑制するため、糖尿病と非糖尿病の蛋白尿予防の
 基本とされていました。(腎保護作用)
 しかし輸入動脈の拡張も起きてしまい、ろ過の増大から基底膜の肥大、足細胞の障害にも繋がり、その
 効果は相殺されてしまいます。
  最近では、糖尿病治療薬のSGLT-2阻害薬が末期の慢性腎臓病の予後の改善に期待されています。  
 これはSGLT-2阻害薬の輸入動脈の収縮により、糸球体の過剰ろ過を防いでいるためと考えられて
 います。
 障害された足細胞は糸球体内圧を下げることはできません。
 SGLT-2阻害薬の輸入動脈の収縮がその働きをします。
 SGLT-2阻害薬の効果は、腎機能のGFRすべてに認められています。






私見)
  4月24日に第一回目のワクチンを受けました。
  痛くもなく無事に終了しました。しかし気分の問題でしょうか?
  倦怠感があり、言い訳をするようですが本論文を理解するのに4日かかりました。
  二回目の接種までに全て忘れてしまいそうです。
  ただ二点だけは覚えていたいものです。

   ・蛋白尿には足細胞が大いに関係している。
   ・糖尿病治療薬のSGLT-2阻害薬は糸球体内圧を低下させる。

  しかし何やら疑問も生じてきてしまいました。
  降圧薬のARBとSGLT-2阻害薬を併用したらよいのでしょうか?










posted by 斎賀一 at 20:13| Comment(3) | 泌尿器・腎臓・前立腺

2021年04月26日

腎・糸球体の微細構造

腎・糸球体の微細構造

    〜予習編



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 雑誌NEJMに腎・糸球体の微細構造について総論が載っていました。
その趣旨は、従来考えていた以上に足細胞の足突起(podocyte)が重要な役割をしている点と、糖尿病治療薬のSGLT-2阻害薬が、腎疾患の進展予防に有効であることが明記されています。
その意味で本論文を頑張って通読してみました。
腎の糸球体構造は大変複雑ですが、単純に考えてしまえば単純です。 (全て当たり前ですが)
専門家には怒られるかもしれませんが、私は構いません。




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腎の糸球体の主役は血管です。コーヒーのドリップの様に糸球体に集まった細動脈から濾され(filtration)ボーマン嚢というカップに尿の原液が溜まります。




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糸球体の血管の束の周りをボーマン嚢の上皮細胞が覆います。これが足細胞です。





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これを電子顕微鏡で見ると毛細血管の束を中心でまとめるメサンギウム細胞があります。毛細血管の表面を基底膜が覆い、更にその外側を足細胞の足突起が覆っています。つまり毛細血管から尿が濾されるには基底膜と足突起を通らなくてはなりません。
もう一点、腎の糸球体圧を理解することが必要になります。
そのために膠質浸透圧を整理してみます。




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毛細血管の中にはアルブミンなどの膠質があり半透膜の血管壁を通して水分を引き込もうとします。
これをスターリングの法則と言います。




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一般的な血管でも、動脈側は血圧の圧力で血管内の物質が出ていきますが、静脈側になりますと膠質
浸透圧が血圧より勝り、逆に老廃物が血管内に入り込んできます。
結局、糸球体では下記の様になります。



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Hydrostaticとは一般的な圧です。Colloid osmoticが膠質浸透圧です。
NEJMの論文とはやや異なりますが、改めて説明します。
下記にROSSの組織学から抜粋したものをPDFにしましたので、ご参照ください。







ROSS組織学.pdf










posted by 斎賀一 at 21:31| Comment(0) | 泌尿器・腎臓・前立腺