2020年05月26日

我々は呼ばれ、そして我は行く

我々は呼ばれ、そして我は行く
 
They Call Us and We Go
    n engl j med 382;21 nejm.org May 21, 2020



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 雑誌NEJMのコラム(perspective)です。拙訳を下記に掲載します。


 コロナに対する個人防護服や人工呼吸器が不足しています。遠隔医療も導入に向けて進んでいます。
接触感染を防ぐ意味で、肘タッチなどと言った行為も出現しています。
 今年の3月上旬の夜に催された会合を思い出すと眠れなくなります。それは私が勤務する病院での文学
の勉強会でした。集まったのは病室のスタッフです。

私の提出した作品はWilliam Carlosの詩「Complaint」です。
詩の内容は、ある雪の晩に妊婦より急患としての受診要請があり、その時医師はどのような感情を懐くか
と言うストーリーです。William自身が臨床家です。
プライド、煩わしさ、好奇心、不安、感謝、憤慨、喜びなどの感情リストを私は作成し討論しました。
我々はこれら全ての感情を懐きます。しかし皆との討論の結果は、Williamと同様に要請があれば寒い夜の中に出ていくと言う事でした。

 それから2週間もしないうちに、私のもとにコロナ疑いの患者の診察に対する出勤要請が現実として起きてしまいました。最初の私の反応は無視でした。丁度自宅でくつろいでいましたし、コロナは私のような退職間近の高齢者にとってはリスクが高い。更に今から駆けつけても、単に足手まといになってしまうと考えました。若い人に声援を送るのがここは一番と理解しましたので、まるでパソコンに入ってくる情報の様に無視したのです。
 しかしその後の2日間は、足の裏の小石の様にどうしたものかと悩んでしまいました。何もしなかったら、それは私自身ではないと気づきました。私はボランティアとして参加する決心をします。
私が勇気のある人間だと理解されるとそれは全く違います。私はどちらかと言うと臆病者です。
ではなぜ参加しよう決断したのでしょう。若い頃の医学学校で学んだ精神でしょうか。

 それは遠い30年前の出来事です。研修医の私は、指導医のもとでオンコールの実習をしていました。
そんなある日曜日の晩にポッケットベルが鳴りました。既に私はパジャマに着替えていました。
私が担当する事になっていた50歳の女性Mが、睡眠薬での自殺未遂で救急外来に搬送されたとの連絡でした。実際にまだ私はその女性Mと会ってはいませんでした。救急で安定したら精神科に転院するものと考え、私は電話を切りました。
ベットに横になっても眠れません。私は指導医に電話しました。遅い時間での電話を謝り、そして私は駆けつけるべきかを尋ねました。指導医の答えは「その必要はない。しかしあなたが会って診察をしようと思うなら、その事が大事だ。」
救急外来に到着すると、女性Mは朦朧として横になっていました。私は彼女に今後の担当医であることを自己紹介しました。はっきりとは理解できなかったようです。また、救急の医師は何でこんな夜間に駆け付けたのか訝っていました。なんだか自分が損をしたような、嫌な気分になってしまいました。
 しかし女性Mはその日の事を覚えてくれていました。そしてその後の20年間も、私にその夜の事に感謝し続けてくれました。

 最近女性Mは残念ながら乳癌で死亡しました。夫からの連絡で訃報を知りました。
そして「あなたが一生の主治医です。」と感謝の気持ちを伝えてくれました。
 遠い昔の出来事がフラッシュの様に蘇ります。そして私はコロナの診療に参加する決心をしました。
そんなにすべてが恐ろしいばかりではありません。私の病院は対策を十分にしています。もっと危険な不十分な状態でコロナと戦っている医療従事者がいます。中には妊娠している医療従事者もいます。
それから比べたら、私はリスクが低い環境です。





私見)
 等身大のエッセイに感銘を受けました。
 何か立派な考えで医療をしていません。強いて言えば悔いが無いようにと思っています。
 俗っぽく言えば 「やり残した宿題を今やっている」 感じです。

 最近ではWOWOWのエキサイティングマッチを見ています。
 そういえば、高校の時に私の剣道の能力を褒めてくれたあの人たちは、どうしているのでしょう。
 年をとると、昔のささやかな事を悔いています。
 「あなた、剣道をやっていたら食べていけないわ。」
 妻の言葉が支えです。






They Call Us and We Go.pdf












posted by 斎賀一 at 19:59| Comment(0) | 感染症・衛生

2020年05月25日

新型コロナの剖検・2報告

新型コロナの剖検・2報告



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 以前の私のブログで武漢からの剖検例(下記のPDF参照)を掲載しましたが、今回ドイツからの論文が
2つ報告されていますので掲載します。


・Autopsy Findings and Venous Thromboembolism in Patients
With COVID-19(ドイツ ハンブルグからの報告)



纏めますと

1) 臨床症状を的確に判定するには、ウイルスの診断と同時に剖検例の検討も大事である。
   最近では従来の剖検に加えて、CTやMRIなどの画像診断を駆使した、所謂virtual autopsyも
   活用されている。
   新型コロナのウイルス診断が確立した12例を報告しています。
   平均年齢は73歳 (52〜87歳)
   基礎疾患として、冠動脈疾患が50%、COPDが25%です。

2) 7/12(58%)に深部静脈血栓症を認めていますが、剖検前診断はされていません。
   その内4例は下肢の深部静脈血栓症から肺塞栓症を起こし、死因となっています。
   3例は明らかに細菌性肺炎を合併していますが、肉眼的には新型コロナが原因の肺病変と鑑別は
   出来ません。
   しかし、組織学的にDAD(diffuse alveolar damage)が8例も認められており、これが新型コロナ
   の肺病変の特徴と考えられます。 (下記のPDFをご参照ください。)
   本論文の症例ではDADは殆どが早期の病変でヒアリン膜(hyaline membrane)を認めています。
   しかし、中にはDADの後期病変の扁平上皮化生や、基質化が生じています。
   若い人では進展したDAD病変が認められますが、高齢者で基礎疾患として肺疾患を有する場合は、
   早期のDAD病変であるヒアリン膜の所見です。(推測しますと、高齢者で肺疾患のある場合は、肺
   胞壁の滲出病変のヒアリン膜の段階で、既に重症化するものと思われます。)
   肺の細動脈には、微小血栓が全ての症例に認められています。
   また、新型コロナウイルスが全ての患者の肺組織に高い値で検出されています。

3) 高い頻度で深部静脈血栓症を認めています。
   DAD病変から組織障害の因子が促進され、凝固系のカスケードが活性化して全身の静脈血栓が
   生じます。この事は、臨床的にもD-dimerが高値の場合に予後が悪い事に通じます。
   DADの基質化の進展が早いのが本ウイルスの特徴ですが、この事が死亡例において人工呼吸器が
   有効でなかった理由としています。

 4)結論
   D-dimerの高値は凝固系の異常のサインです。
   早期での抗凝固薬の使用が検討されるべきと考えています。




私見T)
 キーワードはDADです。
 肺の末梢である肺胞壁がダメージを受け、滲出性病変から増殖性病変にまで進展するのがDADです。
 人体では、凝固系は平衡を保ちつつ眠った状態です。それが体内の組織が障害されると、この場合は
 肺胞にDAD病変が生じると、これは大変と凝固系の活性化がカスケード的に起こり、血液の滲出を食い
 止めようとします。
 その結果血栓が生じてしまいます。




 
・Postmortem Examination of PatientsWith COVID-19
 (ドイツ アウクスブルクからの報告)



纏めますと

1) 新型コロナで死亡した10例の剖検所見です。
   平均年齢は79歳(64〜90歳)7例が男性  
   入院からの死亡は平均で7.5日(1〜26日)
   肺の基礎疾患は2例(肺気腫など)

2) 血栓塞栓症は一例もありませんでした。
   肺の組織的病変はDADが基本です。
   DAD病変は肺の全てに認められますが、中葉と下葉が著明でした。

3) 全ての症例で、肺組織に新型コロナウイルスを同定できました。





私見U)
 本論文には静脈性血栓についての記載がありませんが、やはりキーワードはDADの様です。
 最初の論文より高齢者が多いようです。



最後に)
 DADに関しては、私の以前のブログをご参照ください。
 DAD病変は、間質性肺炎の急性増悪や他のウイルス疾患の重症例、有毒ガスによる暴露等、色々な
 肺の重症例に起こる病理的所見です。
 ネットで的確な資料を見つけましたので、同時に掲載します。






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1 コロナ 剖検.pdf

2 コロナ 剖検 JAMA.pdf

3 DAD 病理.pdf

新型コロナの病理4 (ARDS)_ _Font Size=_6_斎賀医院壁新聞_Font_.pdf










 
 
posted by 斎賀一 at 19:20| Comment(0) | 感染症・衛生

2020年05月22日

一過性脳虚血発作(TIA)について・NEJMより

一過性脳虚血発作(TIA)について・NEJMより
 
Transient Ischemic Attack
      n engl j med 382;20 nejm.org May 14, 2020



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 雑誌NEJMに一過性脳虚血発作(TIA)に関する総説(vignette)が掲載されていましたので纏めて
みました。


1) 脳卒中の前触れとして、TIAが20~25%認められる。
   TIAの発作時間は殆どが数秒から数分だが、1時間持続する事もある。
   以前にはTIAは24時間以内に消褪すると定義されていましたが殆どが10分以内の持続で、しかも
   現在では6時間以内の入院治療を要するとされていますので、TIAの持続時間に関しては、誤解を
   防ぐ意味でガイドラインの見直しが検討されています。

2) 現在はTIAと軽症脳梗塞は、ほぼ同じ疾患と捉えられています。
   CT検査では診断が出来ず、MRI特に拡張強調画像が有効です。
   (下記のPDF参照)

3) TIAを治療しないと3か月後には脳卒中に20%移行すると言われていますが、殆どは10日以内
   特に2日以内に脳卒中を発症するリスクがあります。
   早期診断、早期治療により3カ月時点での脳卒中発症を、80%低下出来ます。

4) TIAの症状
   程度の差はありますが、運動神経障害、知覚神経障害、視覚障害、構音障害です。
   軽症には注意が必要です。
   めまい(dizziness,vertigo)、複視、ふらつき(unsteady gait)、健忘なども認められることも
   ありますが稀です。(一般外来ではTIA以外で多い症状のため、鑑別に注意が必要です。)
   また他の疾患の鑑別疾患も多くあり、更に注意が必要です。

5) CT検査では診断が出来ず、MRI、特に拡張強調画像が有効です。
   (下記のPDF参照)
   拡張強調画像では最大50%まで診断できます。所見としてはbright spotサインです。
   頸動脈エコー検査も有力です。
   ホルター心電図もスクリーニング検査として必要となります。

6) 脳卒中への再発予防のためには、ABCD2スコアーが有効です。
   (一応はスコアーの4が境目の様です。)
   しかしABCD2スコアーが4以下の中には心房細動、頸動脈硬化(IMTの肥厚)が20%程度あり
   この場合は脳卒中のリスクは高くなります。
   最近ではABCD2スコアーのみでは治療戦略に落とし穴が生じますが、専門医のいない救急では
   ABCD2スコアーは未だに有効です。




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7) 治療
   心房細動があればDOACが適応となります。
   非心源性の場合は抗血小板治療が基本です。
   治療方法は色々な研究がなされていますが、本論文では下記のレジメを勧めています。
   ・TIAが疑われたら、先ずアスピリン300mg服用し入院精査
   ・拡張強調画像で所見が無ければ、TIAとしてプラビックス300mg追加服用
   ・ホルターなどで心房細動の有無をチェック
   ・心疾患が無ければ退院し、その後はアスピリン75mg+プラビックス75mgを21日間服用
   ・安定していたらアスピリンもしくはプラビックスを90日間服用
    90日を過ぎてからのエビデンスはない。

8) その他の治療
   ・血圧は140以下、副作用もなければ130以下を目標
   ・脂質異常は強化療法。LDLは70mg以下を目標
   ・糖尿病のチェック
   ・睡眠時無呼吸発作の有無
   ・禁煙、運動(週に4回)

9) 今後の課題
   TIA専門病院の必要性





私見)
 微細な所見に細心の注意が必要です。
 また、初期でのアスピリン服用も有効の様です。
 迅速な画像診断もしくは2次施設への転送が大事です。
 下記に以前のブログも掲載します。







1 TIA 本論文より.pdf

2 臨床医のサポートより.pdf

一過性脳虚血発作(TIA)の5年間の予後_ _Font Size=_6_斎賀医院壁新聞_Font_.pdf

一過性脳虚血発作(TIA)又は軽症脳卒中から1年後の 脳卒中リスク.pdf

軽症脳梗塞と一過性脳虚血発作に対する併用抗血小板療法の有用性と安全性.pdf

エフィエント.pdf
















  


posted by 斎賀一 at 20:12| Comment(0) | 脳・神経・精神・睡眠障害